30:其は誰が為に泣く
SIDE IN~情けない維新幸樹~
暗い森の中を強烈な閃光が包み込み。
耳鳴りがして。
焼かれた空気が、猛烈に臭う。
息を止めても、ひりひりとする喉に、渇いた舌。
肌もちりちりと焦げている。
そして、そのあまりの眩しさに目を閉じてしまいたくなるけれど、それでも両腕で光を遮って、必死で状況を視る。
目の前で起きた、光景を理解する。
オオカミさんが動いた、と認識したのはこの爆発が起きてから。
その、認識のズレがあった刹那。
確かに聞いた悲鳴はきっと。
直撃か、はたまた一髪のところか。
それはわからないけれど、中ったと、思う。
光は納まり、辺りには煙と、かすかな残り火だけが見え。
オオカミさんたちの姿はけむに巻かれて見えなかった。
生きているのか、死んでいるのかさえわからない。
息遣いが聞こえない。
物音が消えている。
耳を、やってしまったか?
そこまで考えて、目の前に立っていた彼女が倒れこんでくるのが見えて、反射的にその体を支えた。
「お疲れ様」
優しく包み込んで、そっと地面に寝かせた。
焦げてしまった衣服と、やけどを負ってしまっただろう顔や肌が痛々しかったけれど。
その穏やかな寝顔を見て、自然と顔が綻んだ。
「ふっ、ふふふっ」
ふと、声が聞こえてきて。
「あらら」
それは苦笑いに変わった。
顔を上げると煙が晴れていき、形をひそめていたオオカミさん達が姿を見せる。
「楽しかったよ、人間」
本当に楽しそうに、オオカミさんは笑う。
「貴方は彼女とは仲が悪そうなのに、何故従うような真似をしたんです?」
だから、だろうか。
あまりに満足げに笑うから、聞いてみたくなった。
「アレのことはほとんど関係ないさ。そうさね、キッカケぐらいのもので、従うなんて、とんでもない。結果的にはそうだとしても、な」
「じゃあ、なおさら。賢く気高い貴方が、なぜ」
「穏やかで平穏な日々も悪くなかった。が、私は飽いてしまっていたのかも、しれないな。そして、お前と会ったとき。ぞわりと、感じてしまったんだ。何故だろうな、お前もただの人間の筈なのに、こんなにも―――」
―――殺したいと思うなんて。
穏やかに、物騒な事をオオカミさんは言う。
それも、すごく恨めし気に。
それは、光栄なことなの、かな?
「当たり前だ」
オオカミさんは、また笑う。
気高く、誇らし気に。
だんだんと、息を、潜めていきながら。
オオカミさんの周りで、家族なのだろう群れが唸り始め。
威嚇を開始した。
どうするかな。
「お前はどうもしなくていい。お前達、もう散れ」
その言葉を聞いても、逡巡しただけで、彼らは威嚇をやめない。
「もういい」
散れ。
再度、オオカミさんが言うと、彼らはきっぱりと威嚇をやめて、オオカミさんにすり寄った。
それに半ばあきれ気味にオオカミさんは、微笑んだ。
「今のうちに行け。私の気が変わらないうちに早く」
地面に寝かせていた彼女を背負い、その場を立ち去ることにする。
深淵の森の中。
獣が息を潜める、暗い暗い森の、奥深く。
まだ真新しい朝日が差し込んで、木漏れ日が出来たやわらかい場所で。
小さく、ああ、穏やかだ、と呟く声が響いた。
それはきっと、赤い毛を、真っ黒にした、大きな大きなオオカミの。
溜息のような、吐息と一緒に吐かれた。
彼女の最後の言葉。
それからしばらく。
森は悲しげな遠吠えで、包まれた。
子が、母が為に、泣く。
SIDE END