26:オオカミさんは
SIDE IN~心の底から溜息をつきたい維新幸樹~
オオカミさんは、言いました。
「私は、楽しいぞ」
のそり、のそり、と歩み寄ってきていた足を止めて。
対峙する。
おにごっこの次は、にらめっこ。
一方的な、遊び。
楽しいのは、あなただけで。
だから、笑えないって。
「あまり気乗りはしていなかった。だが、気が変わった。あれも中々面白い催しをする」
周りで物音がして、それを最後に音が止む。
完全に囲まれたようだ。
「お前は面白いな」
襲いかかってはこない。
皆静かに、僕らの様子を見ていた。
唸り声すらあげずに、ただオオカミさんからの指示を待っているのだろうか。
だとしたら、相当。
厄介な相手だ。
「あれが獲物に選ぶわけだ」
真後ろから、物音がして。
そこで。
唐突に、思い出す。
何故、引き返してきたのかを・・・!
急いで前に跳び、身の毛もよだつ、音を聞いた。
ぐしゃり。
それは、小気味良い。
何かの潰れる音。
「去れ!今は私の獲物だ!狩りの邪魔立てをするならば、わかっているだろうな!」
いつ、移動した?
すぐ、目の前に赤い色が飛び込んできて、急いでその場を離れる。
「貴方も、相当おかしいですよ」
「ふん。興を殺がれたくなかっただけ」
距離を取って、状況を確認した。
熊が二頭、怯えたように去っていくのが見えた。
そして、一頭。
オオカミさんが、潰していた。
やばい。
やばい、やばい、やばい。
どうする?
手立てが、思い浮かばない。
オオカミさんと、ただただ睨みあう。
身を低く構え、一応の体勢はとっているけれど、この先は何もない。
気持ちばかりが焦って。
良いイメージが、出ない。
でも。
まだ死ねないから。
こんなところで、死にたくないから。
「少しは会話を楽しみたかったのだけれど、煩いのが来そうだ。早々に、終わらせる」
ぞわり、と鳥肌が立つ。
オオカミさんが、身構えると、一斉に辺りが殺気立ち。
低く唸ると、連動して、五月蠅くなる。
まだ、何も考えていないのに。
心臓は、高鳴っているのに。
体が冷える。
汗が止まらない。
体が、震えそうになる。
そこで、ようやく。
ふっと、何かが切れて。
口元がつりあがる。
怪訝な顔を、オオカミさんはした。
それすらおかしくて、笑えてくる。
あのときだって、勝ち目なんて無かった。
なら、今だって、同じだ。
何を震える必要がある。
何を怯える必要がある。
そうだ。
あの時と、今と。
何も変わらない。
守るものも。
想いも。
何も、変わらないんだ。
なら。
「良いよ。でも、死なないように、気をつけてね」
「ははっ!吠えたな!」
ぐぐっ、とオオカミさんは姿勢を低くして、まるでそれはばねのように。
力を蓄えていく。
瞬間。
空気が、破裂した。
SIDE OUT