25:彼女に信頼された彼
SIDE IN~頑なガール冷泉陽菜~
ただ、今私にあるのは貴方がいないという事実だけ。
それだけしかない私には、何もわからない。
わからない。
だけど。
何か理由が、あるはずだ。
「だが、この手紙だけ残して俺達の前から消えたのはあいつだ」
「それでも彼は逃げたんじゃない!」
新沼は正しい。
それでも私は、そんな確たる事実よりも、私を信じる。
何よりも、彼を信じる。
信じたい。
なのに、なんで。
「何度も死にそうな目にあえば、人間誰でも嫌になると思うがな。いつか死ぬと分かっている場所に好んで居るのは余程の馬鹿だろう」
「それは俺達も一緒だろう?」
「あいつと俺達とじゃ確実に違う。忘れていないだろうな。あいつと俺はただの一般人。そこらへんにいる兵士にだって劣る存在なんだってことだ。身の危険も、それに対抗するすべも、段違いなんだ」
「でも、彼は抗って見せた・・・!そんなことで逃げるような・・・そんな・・・」
「そのせいで、今一番命を狙われているのは、誰だろうな。ここにいれば確実に、あいつは死ぬ。それが分からないほど馬鹿な奴でもないさ」
貴方は残酷に。
嫌な事を言う?
「時期として、ぎりぎりのタイミングだったろうな。ここのところ城内に出る魔物達がなにをしていたのか知っているか?多分あいつを探してたんだろうな。それにあいつも気付いて、だから逃げ出した」
彼は嘲笑う。
あいつは逃げたと、いやらしく哂う。
臆病者、と彼が言っている気がする。
いけない。
心は伝播する。
「私達だって、必死なのに・・・!対抗できるからって平気なわけじゃないのに!」
「ええ、皆で帰ろうと努力していたつもりでしたが、あんまりの仕打ちかと私も思います」
拡がる。
私が何を言っても、無駄な程。
彼が臆病風に吹かれて逃げたという事実だけが、拡がっていく。
僅かな期待をして。
何も言わなかった灰田を見ても。
悔しそうに拳を強く握っているだけで。
うつむいて、唇をかんだ。
「まあ、あいつがそんな奴だったってことだ」
間髪いれずに、新沼を睨みつける。
これ以上・・・!
彼はじっと楽しげに視線を受け止めている。
やがて、笑った。
何がおかしい!
煙草を取り出して。
ぼそっと、何かを呟いて。
火をつけた。
そのタイミングで、部屋の扉が開かれる。
「皆さまお揃いで。椎名様はこちらにおいでではありませんか?」
佐藤が、霧島を探しにやってきて、皆の注目を集める。
空気に気がついて。
真剣な表情になる。
「何かありましたか?」
「・・・・・」
だれも何も答えない。
「幸樹が逃げたってだけだ」
「逃げたんじゃない!」
「落ち着け、冷泉。そう睨むな。もう茶番は終わりにするから。俺の負けだ」
空気が変わる。
今、彼は、なんて言った?
「それからな、藍。霧島は探しても無駄だ」
そこで、佐藤が溜息をついた。
「説明、していただけますね?」
「ああ、このままじゃあ上手くないからな。全員を騙せなきゃ、説明しないのは逆に不味いことになる」
煙草の煙を、ぷかり、と浮かべて彼は。
ゆっくりと、話を始めた。
SIDE CHANGE~しっそうちゅうの維新幸樹~
空を飛んでるのしか見なかったからしばらくは平気だとのんびりしていたのがいけなかった。
次の街までまだだいぶんあるのに余裕をこいて、歩いていたからこうなった。
だいたい、森の中だからわかりそうなものだけれど。
思い至らなかった、僕の自業自得で。
なんで逃げる先に森を選んだのだろうかと、思い返すと。
明人さんに勧められたからで。
怨むよ、本当に!
まぁ、平原でも、あんまりかわらないと思うけどね。
「ぅぉぉぉぉぉっぉおおおおおおおおお?!」
現在森の中を疾走中。
木に足を取られてこけないように、なんて気にしていられない。
ただ全力で、ひた走る。
いつこけてしまうかわからないことからくる緊張感と、それでもこけない僕って凄い、なんて場違いな喜びを感じながら、ひた走る。
アァォオオオオオォォォォン!
走ってきた方向から、イヌ科目の遠吠えが聞こえてきた。
走る足音だって、聞こえる。
それも、すぐ真後ろから。
「だぁぁぁぁぁ!」
足音が、一段と強く聞こえて、飛びかかってきた事を知って、左足を軸に勢いよく反転する。
すると、もう距離がほとんどなく。
勢いを生かして、その飛びかかってきたネコ目イヌ科イヌ属っぽい魔物(端的に言えばオオカミ)の横っ面を蹴り飛ばす。
「よっしゃぁぁぁ!」
そして、すぐにまた走り出す。
っていうか、何なのこの状況は。逃げ出してまだ小一時間とたってないんですけど。少しだけわくわくしていた自分にがっかりだよ!いきなり死がぷんぷんにおってくるなんてありえない。ありえないんだってぇぇぇぇ!
頭の中も、猛烈な速度で回転中。でもくだらないことばかり。ああ、もう。こんな自分もうらめしい。余裕がなさすぎて、もうわけわからんわ!
でも、まだ走れる!
奇跡的に、こけずに走れている!
僕って、やっぱり凄い!
なんて。
考えていると、視界の端に影を捉えて、左腕を犠牲する覚悟で、魔物を殴る。
運よく、それが眉間にクリーンヒット。
効果はバツグンだ!
ザマーミロっていうんだ!
「はははははは!」
やれるじゃないか、と一目散に逃げ出す。
いえ、そりゃあ、もう。
遠吠えがまたきこえてきたからですよ。ええ。
「あ、あはは、あははははは!」
長く続くとは思っていなかった鬼ごっこの終わりは、もう笑うしかなかった。
いや、もう。
このシュールな光景は想像していなかった。
ある日森の中3匹の熊さんに出会った。
しかも、皆ハルバートを装備していて。
いつか見た事のある、彼の家族なのかと。
お前らは生まれたときからそんなもの持ってるんじゃないだろうな、本当に。
前門の熊後門の狼。
数瞬の後に、僕は逆走を始めた。
まだ相手が出来るほうが、ましだと、考えたから。
すぐにこちらに向かって走ってくる魔物を確認した。
3匹も。
近くに落ちていた大きな枝を、拾い。
集まってくる前に一点を突破しようと思い、突撃をかける。
「代わりにこれでも喰ってればいいさ!」
噛みつこうと飛んだそれの口に枝を轡みたいに入れ、噛ませる。
みしみし、という音が聞こえて。
まずい、という直感と共に、すぐさま木の棒をスイングした。
すると、簡単に枝は噛み砕かれ、噛みついていた魔物は放射状に飛んでいく。
その軌道を確認などせず、残身などせず、すぐにその場を離れた。
きりがないなぁ、と。
思ったのは、間違いで。
あらー、と心の中でぼやく。
きりがない、なんてことはなく。
見事に、罠に。
かかったようで。
「アオオオオオオオオン!」
ある日森の中3匹の熊さんよりも厄介なモノに出会った。
低く唸るその姿はおそろしく。
本能的に危険を察知させるその牙は鋭く。
赤い血の色に似たその毛並みは気高く。
爛々と輝く銀色の瞳は美しく。
こちらへと歩く姿は威風堂々と。
「もう、笑えないって」
大きな、大きな。
オオカミさんに、出会った。
SIDE OUT