19:彼と彼女の思惑
SIDE IN~空気を重く感じる霧島椎名~
読み古した本を手に机に向いながら、本当に天気が良い、と窓の外を見て思った。
だからでしょうか。
余計に室内のカビの臭いが気になって、本を机に開いたまま伏せて置いて席を立つ。
窓を開け、入ってくる風を身に受ける。
入れ替わる空気はかすかに匂い。
心地が良くて目を細めて、思わず大きく背筋を伸ばした。
「ん、ん~」
声まで漏れてしまう。
今度は外の景色ぼんやりと眺める。
彼らは今頃どこらへんにいるのでしょう。
天気にも恵まれているし、きっと楽しんでいらっしゃることでしょう。
城下町へと遊びに行った彼らを想い、ほぅ、と息をもらす。
「行きたかったのか?」
「そういう訳ではありません」
声に振り返ると彼は顔を下に向けたままだった。
本のページをどんどんとめくっていく。
「新沼様こそ何故行かなかったので?」
「今は必要ない」
「それは答えになっているのでしょうか」
「さあ、どうだろうな」
行きたくない、ではなく、必要ない、か。
その違いが気になるけれど、答えてくれるとは思えない。
会話が途切れて、もう一度私は窓の外を見た。
時間が欲しい。
それを確実に得られる方法が一つだけある。
ここに居ないもう一人の男の子を思い浮かべた。
私がそれを彼に言うのは、尻込みしてしまう。
たとえ私が、どうしようと。
誰が何をしようと。
それは彼に対する裏切りだと思うから。
でも・・・でも。
鬩ぎ合う考えをひきずりながら、席へと戻る。
椅子に座り、伏せてあった本を手に取る。
読み覚えてしまった文章が目に入っては、すぐに消えていく。
いつまでも悩んでいたら、皆を危険にさらしてしまうのはわかっている。
けど・・・けど。
弱い心が、忌々しくて。
彼に怨まれてしまうのが怖くて。
その手段しか取れない自分が情けなくて。
胸がもやもやとする。
「悩み事か?」
「・・・そんなに分かりやすかったですか?」
内心を悟られないように、一拍置いてから努めて冷静に言った。
暗い雰囲気を撒き散らしていたのでしょうか。
「幸樹のことか?」
「いえ、違います」
あらかじめ、答えを決めておいてよかった。
とはいえ。
喉奥から、内臓が飛び出すかと思いましたよ、ええ。
「そうか」
ちらりと彼を覗き見る。
相変わらず早いペースで本をめくっていた。
それは平然と。
彼にとっては雑談でしかないことが、私にはひどく怖ろしかった。
また本に視線を落とす。
沈黙すら、今は痛い。
読んでもいないほんのページをめくる。
それが、何度目か繰り返した後。
パタン、と本が勢い閉じられた。
顔を上げると、彼は目元をほぐして、席を立った。
さっき私が立っていた場所で彼は大きく、それこそさっきの私のように背筋を伸ばして。
それから窓の外を見て目を丸くした。
「あいつなにやってんだ」
何かと思い確認すると、ふらふらと一人で城の外へ行こうとしている男の子の姿が見えた。
おそらく門兵にとめられるだろうでしょうが。
万が一、通してしまうことがあれば、それは面倒な事になるかもしれない。
「護衛は何をやっているのです・・・。仕方ありません。私が行って参ります。すぐに代わりの者をよこしますので、それまでここから離れないようにしてください」
道のりの事を考えて、かかる時間が問題になった。
考えなしの馬鹿が通してしまったら、もはや探し出せなくなってしまう。
それならば、と私は窓に足をかけた。
「霧島」
そこで、となりに立っていた彼は外を歩いている男の子を眺めながら。
静かに私を呼んだ。
「何でしょう」
ぐっと、足に力を込めて、スタンバイOK。
いつでも飛べる状態で、言葉を待つ。
「あいつから目を離さないほうがいい」
「・・・・・はい」
それが、どうしてなのかは聞く必要がなかった。
私が言うのを躊躇っていた理由は、もう一つだけあり。
それが、予感させていたから。
SIDE CHANGE~眉間の皺がとれない新沼明人~
返事をした彼女は、すぐに窓から飛び出していった。
ちなみにここは三階にあり、それは当然の結果として彼女を襲う。
上手く落ちても大けがを負う程の高さからの落下。
あちらなら殴っても止めたかもしれない。
でも、こちらはあちらとはちがう。
彼女も慣れたふうで、躊躇いなどはなく。
どうするのか楽しみで、その後ろ姿を眺めた。
しかし、それは大きく裏切られることになる。
「まさかだな」
呆れてしまう。
定番としては、空が飛べるのだと思っていたのだがな。
本当に俺としては、まさかだった。
彼女は、そのまま落ちた。
そう。
何もせず。
無抵抗に、地面に落下した。
すとん。
軽い足取りで。
それこそ、舞い降りたかのように。
何事もなく。
彼女は走り出す。
「とんだ御転婆みたいだな」
くつくつと喉を鳴らして笑う。
ひとしきり笑った後に、窓を閉めて机に戻る。
動き出すかもしれない。
新しい本を手にとって、開く。
上手くいけばいいんだがな。
小さく、心の中で一度だけ呟いて。
誰かが来るまで、すいたお腹をごまかすとしよう。
SIDE OUT