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17:淀み始めた空気

 SIDE IN~煙草をしばらく吸っていない新沼明人~


 煙草の代わりに果物を齧り、俺は最近になって見つけた書物を読む。

 今までは調べ物をしていて、いろいろと漁っていた。

 だが、もうすでにそちらの目的を達して、今はほとんど暇つぶし感覚でこの資料室に通っている。

 今読みあさっているのは、俺達で言うところの西遊記のようなものか。

 あれはたしか、昔に実在した人物の旅の話を、冒険譚にしたてたものだったか。

 だが、これは。

 本当の歴史書で間違いはなさそうだが。

 内容は西遊記並みにはっちゃけちゃいるがな。

 この異世界なら空想じゃすまないらしい。

 それにしても、だ。

 「俺が食べるときはいつも酸っぱいな、これは」

 思わず、呟いた。

 今食べている果物は、当たり外れがある。

 リンゴのような味で気にいって、期待して次に食べたときにはレモンになっていて驚かされた。

 出来が良い物は、このように酸度が増して、俗に当りと呼ばれるんだが。

 俺が口にするものの殆どはその当りだった。

 今じゃ、この酸っぱさが口寂しさを紛らわせるには丁度いいが。

 アイスキャンディーで外れ棒しかでてこないような、逆がないんじゃないかという錯覚さえ覚え始めている。

 「明人殿は運が良いのですね」

 藍が、ふざけた事を言う。

 顔を上げて、俺の斜め前に座っている彼女を見る。

 俺が掘り出してきて、読み終わったからほかっておいたものを、彼女は手にとって読んでいた。

 護衛、という名目で彼女は時折さぼりにくる。

 と、俺は勝手に思っているだけで、実際は本当に彼女の言う通りなのかもしれないが。

 まあ、敵対するつもりはなさそうだから、何も言わないでおく。

 「こんなくだらないことで運を使っていたら、この先は生き残れそうにないんだが」

 幸樹よりは使ってない自信はある。

 けれど、あるにこしたことはないだろう。

 「大丈夫です。運が残っていたところで、死ぬ時は死ぬものだ。腐らせるよりは生きているうちに使った方がお得だと、私は思いますよ」

 「そういうもんか?」

 「そういうものです」

 しゃくり、しゃくり、と煙草を吸いたいと思う気持ちをごまかしていく。

 いや、吹き飛ばしていく。

 刺激的な食べ物だな、と顔をしかめながら。

 少しだけ、こんなものを食べて胃が大丈夫かと心配になる。

 会話もそこそこに切り上げて、俺はまた書物にのめりこんでいく。

 向こうじゃあまり読まなかった部類の読み物だから、少しだけゆっくりと。

 でも、確かに面白い話があり。

 いい時間つぶしになった。

 「明人殿、これは私の独り言なのですが」

 「・・・・・」

 顔を上げずに、俺はただ話を聞く。

 ぽつりぽつりと彼女の独り言を。

 予想はしていたが、頭が痛くなるような想いで。

 静かに聞いていった。


 SIDE CHANGE~幸せをかみしめる維新幸樹~

 

 僕は浮かれながら、陽菜ちゃんと共に食堂へ向かっていた。

 それはもう、鼻歌とか歌いだしそうなぐらい、爽快な気分で。

 スキップとか踏んでしまいそうなぐらい、軽快に。

 どことなく隣を歩く彼女も喜んでくれている気がする。

 原因は医務室でのことだ。

 いつもは食事のあとに散歩コースに医務室を入れていたのだけれど、今朝に限っては予定を変えた。

 起きてすぐに、僕は彼女を連れ添って診察に行き。

 そこで、僕は。

 ついに。

 「もう、外してもいいじゃろう」

 左腕が、完治した!

 そこですぐに外してもらい、若干細くなってしまった左腕と再会することになる。

 いや、日に日に衰えていく彼は包帯に換えるときに見ていたのだけれど。

 完治した彼と、という意味合いで、再会なのだけれど。

 そんなことはどうでもいいじゃない。

 今大切なのは。

 完治したってことなんです。

 少し痕は残ってしまったんだけど。

 使う分には異常がなかった。

 右腕もあと半月もすれば完治するらしいし。

 これはもう、歌わずにはいられなかった。

 もちろん、再会した場面に彼女は居たわけで。

 ただ静かに一度だけ、頷いて。

 少しだけ微笑んだ。

 「ついに取れたか」

 食堂に着くと、明人さん人連れで食事をとっていた。

 僕は見た事のない、女性だった。

 「それは良い事ですね、幸樹殿」

 「ありがとうございます」

 少しだけ会話をしていると、陽菜ちゃんはてくてくと我関せずで食事をとりにいってしまって。

 この分だと僕のまで持ってきそうだったから、失礼してついていった。

 食事のお盆を自分で受け取れる、と思って持ってみると、予想以上に力が衰えていて驚いてしまった。

 すこしだけ不安定にお盆を運ぶ。

 彼女はこちらをみているだけで、特に手出しはしない。

 「ふぅ」

 「これからもまだ大変そうだな」

 席に着くまでが一苦労で。

 明人さんの言葉にちょっとだけ気分が重くなる。

 「でもま、すぐに元通りにしないと、だめそうですよね」

 しばらくは筋肉痛続きかなぁ、と僕が溜息をつくと、彼は笑った。

 その隣の女性も同意して、彼と同じように笑っている。

 僕がそんな彼女を見ていると。

 「ああ、そういえば。まだお二人には私の名前を教えていませんでしたね。佐藤藍。これでも一応騎士をしています」

 「僕の名前は知っているみたいでしたね。でも、改めて。僕は維新幸樹」

 「冷泉陽菜」

 「俺の護衛役なんだとさ」

 「最近は少し物々しくなってきましたからね」

 「ですね」

 あの襲撃からしばらくの間に何度か空を飛んでいる魔物を見かけた事があったけれど。

 最近になってそれがちょっとずつ城の中まで入り込んでいるという話を聞いた。

 まるで。

 誰かを探しているみたいだな、と僕は思ってしまって。

 迂闊だった、と溜息を吐く。

 思っていたよりも。

 左手だけじゃ食べづらい・・・。

 僕は苦戦しながらも、考えを巡らせていく。

 僕が死んでいない事が、勘ぐられたのか。

 それとも。

 何か他に知りたい事が出来たのか。

 なんにしても。

 僕は今の現状を、なんとか打破しなければならないな、と。

 ちょっと泣きたくなった。

 左手で、食べきるには時間がかかりそうだ。

 

 SIDE CHANGE~晴れない霧島椎名~


 これで何度目だろうか。

 私は、大きくため息をつく。

 グゲゲ!

 目の前で、最近城内にまで入ってくるようになった魔物が鳴いた。

 ただ城内を歩いているだけで、別に国の外に出ているのではないのだけれど。

 こんなところでエンカウントするなんて、と溜息がまた出てしまう。

 そんな私がやる気を見せないでいると、それは飛びかかってきた。

 私は目の前を睨みつけ。

 ふっ、と一息はいて、イメージする。

 このいらいらが、すっとすればいいという想いをこめて。

 瞬間。

 轟音が辺りに響き。

 魔物を中心点に爆発が起こった。

 巻き起こる炎と黒い煙がそれの姿を隠し。

 生きている事を想定していつでも使えるように、心の中に魔法をとどめておく。

 時間が経ち、煙が晴れたそこには何もなかった。

 跡形もなく、消し飛んだか。

 「何事ですか、姫様!」

 「また魔物が出ただけです」

 近くを巡回していたらしい衛兵が爆音にかけつけたが、すぐに私は仕事にもどらせる。

 私も城の中を練り歩いて考え事を再開した。

 雑魚ばかりで、いまのところたいした怪我人はでていないが。

 何度か勇者様達も遭遇しているようで、そこが気がかりだった。

 この程度なら、もはや彼らの敵ではないが。

 まだ、中途半端だから。

 それが、私を焦らせる。

 喜ばしい事なのに。

 今はそれが嬉しくない。

 確かに、格段に強くなってきている彼らは、勇者としての頭角すらあらわし始めていた。

 私達とは違う何かが、芽吹き始めてきていて。

 戦闘になればそれが、微妙な違和感として分かる。

 それは、城の誰もが分かっている事で。

 つまりは。

 敵が見れば一目瞭然で、ばれてしまうという事で。

 まだまだ時間が欲しいけれど、今は城の中ですら、安全ではなくなってきていて。

 もはや漏洩してしまうのは時間の問題となっていた。

 勇者が居ると分かった瞬間に、しかけてきて炙り出して殺そうとした彼らだ。

 それが四人となると。

 全力で、潰しにくるかもしれない。

 この国ごと、だ。

 本当に、どうすればいい。

 私達にはどうすることも、できないのか。

 そればかりが結論として出てしまってきて。

 無理やりかき消していった。

 頭の中で、同時にある一つの言葉がリピートされる。

 それもありえない、と私は考えを振り払った。

 「ん、霧島さん?」

 不意に。

 声をかけられて、いつの間にかうつむいて考え事に没頭して歩いていた私の前に、彼らが現れて。

 後ろめたい気分がおそってくる。

 「幸樹様に陽菜様ですか。どうなされたのです?」

 「ちょっと散歩を、と」

 「今の城内は安全じゃありません。無用な出歩きは御控え下さい」

 「陽菜ちゃんがいるから、大丈夫だよ」

 「ですが」

 「やっぱり、部屋の中だけじゃ気分がめいるし、そんなに数も出ないんですし。大丈夫ですよ」

 貴方が見つかれば、それこそ。

 私は、貴方を。

 心の中で、そのほうが都合が良いのではないかと。

 ふいに。

 頭の中を過った。

 「それじゃ」

 「あ、ちょっと、お待ちください!」

 彼が笑って、逃げるように私に背を向けて走り出した。

 陽菜様も、それに倣って。

 私はおいかけることが、できなかった。

 私の中で鬩ぎ合う想いが、邪魔をして。

 

 SIDE OUT

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