閑話終わり:夕げ
その日の食堂はいつもにもまして賑やかだった。
陽も沈みきった、夕食時である。
城にある大食堂は、主に兵や従者達が利用する所だが、最近ではその中に彼らの姿もあった。
広い300人は収容できそうな場所の、一角に彼らは陣取っている。
「いやー、皆揃うのは久しぶりだね~。椎名ちゃんまで揃ってるなんて、本当に最初以来じゃないかな」
楽しそうに笑う梨奈が、懐かしむ。
「そうですね。私は最近こちらに来られませんでしたし、幸樹様は寝たきりでしたからね」
椎名が、申し訳なさそうにして。
幸樹はそれどころではなかった。
にやにやと、直と明人に見つめられる中、ひな鳥のように食事を受け取っている。
「まあ、あの時とは皆かなり変わった」
「だな」
主にお前だ、と二人は共謀して彼を辱めていく。
その様子に呆れているのか、眼鏡の位置を直しながら平蔵が溜息をはく。
何かいいたげで、それでも何も言えずにいる幸樹は、ただにらみ返すだけ。
「灰田と平野も怒ってない」
それをみかねたのか。
見られても何も気にしていなかった陽菜が、幸樹を援護する。
げ、とばかりに直は顔をひきつらせて、その様子に明人は笑った。
あきらかに対岸に居たのに飛び火してきた平蔵は、絶句。
「まあまあ、あの時は仕方なかったと思うし。もう皆気にしてないからいいでしょ?」
梨奈が救いを出すと、なおさらばつが悪そうに直は顔をしかめた。
「あの時は、その、悪かった。今思うとちょっと良くなかった、とおもう」
「すみませんでした」
椎名が目を丸くして、子供っぽい直と素直に謝った二人のギャップに笑う。
「いえ、突然の事でしたし。もっと荒れても仕方なかったとおもいます」
「そういえば、あの時はわざと落としたの?」
梨奈がふと幸樹を向いて聞けば、彼は口の中に詰められた食事をスープで胃に流し込まれているところだった。
ついつい、顔をそむけて笑ってしまう。
食事を世話してもらうのはいいんだけど。
あまりにもおかしなその光景に。
当事者の二人以外は笑う。
「んー、言わない方がかっこいいでしょ?」
飲み干した幸樹は、かっこつけて言うが、あまりにさまになってなくてまた笑いをさそう。
心外な!と呟いて。
また口に運んでもらう。
それがまたまた笑いを呼んで。
「あの時からまだ時間も経っておりませんが、大分長い間、ここに居るように感じますね」
「どっかで聞いた事のあるようなセリフだな」
「自分でもそう思います。ですが、事実、そう思うのです」
「かもな」
どこかしみじみと、年長二人は会話して。
おっさんくせぇ、と下二人から突っ込まれ。
何故か梨奈が、顔をそむけます。
「あれ、梨奈さん。どうしたんです?」
「いや、あの。なんでもないよ」
「あー、なるほどな」
不思議そうに椎名に聞かれた梨奈を見て、にやり、と明人が口を釣り上げた。
「なんだ?」
「ヒント:年齢」
「もはや答えじゃないの!」
なるほど、と皆は頷いて。
梨奈だけが顔を伏せました。
「元気だしてください」
「きにするな」
「男と女じゃ重みが違うのよ!!そんな他人事みたいにしてらんないくらい、ショックなのよ!」
「事実、彼らからしたらそうなのかもしれませんし」
「それは平蔵さんだけです。わたしはまだぴちぴちです。お姉さんです」
いつのまにか、幸樹は食事を終えていて。
陽菜がちまちまと食事を始めていました。
「そういえば、小山田は岩を砕けるらしいな」
面白い物を見つけた明人は追撃の手をゆるめず、思いついた事をすぐに口にしました。
そこですかさず。
すぱん、と。
直が梨奈にはたかれます。
「言いふらすなっていってあったでしょ!」
「いってぇ!おれじゃない!」
「え、じゃあ誰が?」
見渡すと、一人だけ。
目を逸らした男が。
「俺は、幸樹から聞いた」
「いや、べつに、つい口が滑ってしまって」
「楽しそうにべらべらと勝手に喋ってきた」
「明人さん!余計な事は言わないでください!」
「余計な事を言っているのはあなたでしょう、維新君!」
「ぎゃぁ、暴力反対!ほらほら、怪我してるし!」
「お前!おれ関係ないのにはたかれたんだ!お前もくらっとけ!むしろ俺がやる!」
「それは日ごろの行いだろ?!」
「言ったなこのやろう!」
本当に賑やかに、彼らの食事は進んでいく。
いや、ほとんど進んでいませんが。
牛歩ですが。
亀歩ですが。
それでも、ゆっくりと。
彼らは楽しく。
進んでいった。