閑話5:僕と彼女
SIDE IN~最近慣れてきた維新幸樹~
朝起きて、まずはすぐそばにいる彼女におはよう、という。
僕が彼女よりも早く起きることはなく。
起きたら常に、彼女はいつも通り隣に座っている。
水はどうか、お腹はすいているか、何かしてほしいことはないか。
挨拶のあとは決まってこの言葉が続いて。
天気の事と、今日は何をしようかと、少しだけ会話をつなげて。
食事に入る。
最近は僕が出歩けるようになり。
いやまだ両手は使えなくて、殆ど何もできないのだけど。
食事は食堂で取るようになった。
皆と食事を合わせるような事はしない。
何故なら。
そんな羞恥プレイをする勇気がないから。
僕らの食事風景は、ラブラブだった。
いや、仕方ない事なのだけれど。
両手が使えない僕に、必然。
手の代わりをしている彼女が食事を運ぶからだ。
慣れてきたと言っても、流石に他の皆に見られて恥ずかしくないほど僕は大人じゃない。
僕の食事が終わると、彼女が食事を始める。
いつもの事だ。
僕は静かに彼女を待つ。
二人で食事を終えると、前までは僕のほとんど一方通行な雑談が始まっていた。
内容はくだらないから省略。
でも歩けるようになった最近では、それが散歩しながら行われている。
内容は相変わらずくだらないから省略。
歩けるようになって変わった事は、他にもある。
医者のところには、自分から診察を受けに行っている。
お散歩コースの一つだ。
「おはようございます」
「どうじゃ、調子は」
「すこぶる両手が使いたいです」
「我慢せい」
「あとどのくらいで治りますか?」
「そうじゃのう、大体一つの季節が半分終わるころには治るじゃろう」
「長いなー」
「左腕だけなら、その半分かの」
「それでもながいー」
診察中はずっと雑談だ。
孫がどうとか、娘がどうとか。
最近会ってなくて、もう少ししたら会いに行こうかと思っているだとか。
孫が大人になるまでには平和になっておるといいんじゃが、といわれて。
少しだけ苦笑いをして、部屋を後にした。
お散歩をしていて分かった事がある。
彼女が何が好きで、何に興味があるのか。
少しだけなんだけれど、分かってきた。
僕が彼女と話をしていると、基本的に彼女は僕の顔をじっとみつめて頷いている。
だけど、たまに顔をそらして、何かを見ているときがあるのだ。
それは花だったり。
絵だったり。
綺麗な物だったり。
そこらへんが子供らしくて、少し可愛くて。
安心する。
一度彼女に聞いてみた事がある。
話の始まりはこうだった。
彼女がコップを持って、席を立ったところに。
「お世話、つまらなくない?」
されていて何をいっているんだ、と思われるかもしれないけれど。
いまさら何を言っているんだ、と言われてしまうかもしれないけれど。
好奇心は猫をも殺すって程じゃないけれど。
このまま続けさせてしまうのも悪いし、気になったから聞いてみた。
彼女はただ首を振って否定する。
「訓練だってあるしさ」
「私が居るのは嫌?」
コップをテーブルの上に置いて、こちらを振り返る彼女の顔は、少しだけ悲しそうで。
「いや、僕としては嬉しい限りですが」
急いでその言葉を否定した。
いや、泣くかと思った。
「私は、貴方の傍にいたい」
「この怪我の責任っていうのなら、全然気にしなくていいよ」
「違う」
彼女はしばらくこちらを見つめていたけれど、やがてくるりとうしろを向いてコップにお茶を注ぎ始めた。
「訓練ももう必要ない。後は実戦だけだって言われた」
確かにあの鰐も彼女が追い払ったようなものだけれど。
免許皆伝早すぎじゃないかな。
ちょっと彼女の先生に不安を覚えたよ。
「なら、いいんだけど。いつでもやめていいってことだけ、覚えておいてくれれば。僕は強制するつもりも、縛り付けるつもりもないし。この怪我は誰のせいでもないって思ってるから。強いてあげるなら自業自得ってやつかな」
彼女は水をもって椅子について、差し出してきた。
それを一口貰う。
「私は、そう。自分の意思でしか動いてない」
最後に、貴方のように、と付け加えて。
以降、彼女は喋るのを止めた。
それ以来。
僕は彼女に一切の遠慮をすることがなくなって。
彼女も僕に対する遠慮が一切なくなった気がする。
互いに気遣っていたものがなくなって。
僕らはやりたいことを、互いにしている。
まあ、しばらくは両手が使えないし。
誰かが必要になるのなら。
彼女がそうであれば、良いなと僕も思ってしまったから。
SIDE OUT