閑話4:その日俺は獣に遭遇した
SIDE IN~気分一新灰田直~
目の前に対峙する冷泉を睨みつけ、俺は正眼に構えた。
彼女は下段にぶらりと、木剣を下げた。
頭の中で、イメージしていく。
彼女と行った模擬戦闘を基点として。
その動きを考える。
基本的に彼女は受け身だった。
俺の動きを見て、後の先を取る戦法で。
だから。
俺は目を見張った。
しばらく様子を見ていた彼女が、走り出す。
突然の事に、俺は体が動かずに、受け身で対応することにした。
冷静に彼女の剣が描く軌道を見て、早めに軌道を塞いで受ける。
その衝撃に俺は体を硬直させる。
今まで、受けた事がないほどの、激しいもので。
思わず剣ごと持ってかれそうになる。
なんだ・・・?!
今までの彼女からは考えられないような、強い力で。
俺は一方的に的になって受けていた。
返す事が、できない。
そして、その太刀筋にさらに驚いた。
綺麗で流麗で、憧れてしまうような物が。
まるで獣を思わせるような荒々しさ。
「あぁぁぁああぁあぁぁぁぁあ!」
これは。
あの時を思い出す。
幸樹が倒れた後。
彼女が立ちあがり。
相手を切り伏せた。
あの時を。
背筋がぞくりとした。
気押された。
その瞬間に。
勝負がついた。
カン。
俺は手元から木剣がなくなって。
首元に木剣を突き付けられる。
「勝ち」
「負けだ」
彼女が木剣をおろして、ようやく腰を下ろした。
「おおー」
「本当に強いね~、陽菜ちゃんは。直君も強くなってるとおもったから良い勝負になるとおもってたのにな」
寄ってきた梨奈さんに手を貸してもらい。
俺たちは木の下に座っている幸樹のもとへと行く。
「くそー、良いとこなしだったな」
もうちょっと出来るとは思っていたが、とりあえず口に出したほど悔しくはなかった。
自分でも驚くほど。
「でも、さまにはなってたと思うけど」
あからさまな慰めをありがとう幸樹。
それほど落ち込んじゃいないから、気にしないで良い。
惨敗したけど。
俺たちの模擬戦は唐突に思いついた遊びのようなものだった。
幸樹が出歩けるようになって、連れ添いで彼女が来ていたから。
幸樹にも、見せたかったし。
良い機会だから久しぶりにやろうと持ちかけて。
彼女が一目幸樹をちらりとみて、頷いた。
「この前は見せられなかったから」
「実戦では一度見てるけどね」
俺たちにはわからない言葉を交わして、結果は今に至る。
「陽菜ちゃんはなんだか、この前より凄かった。なんかわからないけど、凄かった」
うんうん、と幸樹が頷いて、冷泉が、そう、と呟いた。
そう。
対峙した俺が、それは一番分かっている。
なんか、すごいのである。
「今度は、小山田さんが岩を割るところが見たいな」
「んなっ!そんな事誰に聞いたの?!」
「え、隣で笑ってる子だけど」
そういって幸樹が俺を指さした。
あ、やべ。
怖い怖い。こっち睨まないでくれ。
「ちょっと、余計な事教えないでよね」
「本当の事だろ」
「本当の事でも、女の私が岩を割ってるなんて普通おかしいでしょう」
「え、いいんじゃないですか?」
「ほら、なんかおかしなイメージ定着しちゃってるよ?!怪力女のレッテルが張られた気がする!」
「私も見たい」
「陽菜ちゃんまで、ちょっと期待した目をしちゃってるじゃない」
「ほら」
「手ごろな大きさの石まで用意済み?!初めからやらせるつもりだったのね!」
一瞬。
反射的に俺は頭を逸らして、そこに石を置いた。
ずがん、と目の前で砕ける岩を見て、血の気が引いていく。
おいおいおい。
「おー」
「おー」
幸樹が歓声をあげると、冷泉が低いテンションでリピートした。
いや、その反応おかしくね?
今俺死にかけたんだけど。
「おしい!」
「俺は命が惜しい!」
「確かに君の命がおしい!」
「ピンチ的な意味で?!」
「罪には罰よ!」
「俺が何をした」
「私が辱められました」
「やらしい言い方すんな!」
ぎゃーぎゃーと。
俺たちは訓練そっちのけで。
命をかけたおにごっこを、繰り広げた。
夕方から夜まで記憶がないのは、きっと。
そういうことだ。