閑話1:ふがいなさ
SIDE IN~落ち込んでいる霧島椎名~
目を開けて。
ぼんやりと天蓋を観察した。
長年愛用してきた母様の趣味でプレゼントされたこの天蓋付きベッドに、真新しい発見などはない。
見慣れている物だ。
けれど。
気分がいつもよりも落ち込んでいるせいか、今日の天蓋はいつもにもまして、ケバケバしく感じた。
それが無性に私を苛立たせる。
胸の中にある抑えがたい物がふつふつと煮えているのが感じられた。
ベッドのシーツを強く握る。
ここ最近この想いが晴れる事がない。
彼の事を思う。
勇者ではなく、ただ巻き込まれただけの、維新幸樹の事を。
本来。
私達が彼の役割を果たさなければならなかったのではないか。
陽菜様が倒れた時の事。
私は愕然とした。
あの勇士に震えていた体が、血が、冷えていった。
ただ負けただけだったなら、私は駆け出していただろう。
だけど、迷ってしまった。
剣を折ってしまった、彼女を救う事を。
そうしている間に彼はすぐに割って入り。
命をかけて、救おうとして。
誰も、近づかない。
誰も、助けに行かない。
私も、動かない。
そこまで考えて、また心の中が沸騰した。
涙すら、滲んできた。
情けない。
ああ、私はなんて、情けないのだろうか。
「失礼します」
ドアがノックされ、あわてて涙をぬぐって飛び起きた。
「お目覚めでしたか」
私の古くからの付き人である爺が、恭しく礼をした。
「なんです?」
「軍議が招集されました。ご用意ください」
「・・・。わかりました。すぐに行きます」
「では」
用件だけを伝えて、彼は出て行った。
扉を見つめたまま、溜息をつく。
仕方がない事ではあるのだけれど。
今は一人でいたかったな、と。
憂鬱なまま、私の一日は始まった。
私が会議室に着くころには、席は埋まっていた。
一番最後が、私のようだ。
細長い楕円に配置された机の、1時方向にある空いている席に座る。
父様と母様のすぐ隣。
指定された、いつも通りの場所。
「集まってもらったのは他でもない。今後の襲撃についてだ」
私が席について、すぐに軍議は始まった。
厳かな声で、父様が議題を発表し、皆に概要を示す紙がまわされた。
「と、いいますと?」
「そんなことも聞かなければわからないのですか」
「椎名」
「すみません、父様」
苛立っているところに愚鈍な質問を聞いた私は、思わず口に出してしまった。
この時期に、こんなことをしている時点で遅いのだ。
予期しておくべき事態だった。
対応が、遅すぎる。
私達は一体、なにをやっている。
「魔王軍の、これからの襲撃についてだ。先に三度の襲撃があったことは皆も知っておろう」
ああ、そのことか、と殆どの者から聞こえた気がした。
もちろん、私の幻聴だ。
だが。
これを聞いてもなお、気を引き締めない。
これで何を決めるという。
苛立ちが、募る。
軍議はこのあとも緩やかに進んでいき。
危機感どころか。
真面目な空気すら、なかった。
目を伏せて、ぐっと堪える。
ただただ、我慢した。
お前らが勇者なんかに頼りたくないという考えも。
自分たちの面子ばかりきにしているのも、もう分かったから。
これ以上、喋ってくれるな。
そう、願う。
世界を渡ってきた彼らに、礼を尽くさねばならないというのが。
そんな状況まで私達が追い込まれている事が、まだわからないのか。
これだから、私は彼らが嫌いなのだ。
これだから。
「もっと大きな襲撃が来る原因を作ったのは、勝手な行動をして、自分たちの事を知られてしまった彼にとらせるべきでは?」
こんな馬鹿な発言が、出来るのか。
「勇者でもないのに、馬鹿が魔物に突っ込むからこういうことになる。責任をとって追い出すべきだ」
「しかし、それではあまりにも可哀そうではないか?」
「我が国が危機にさらされておるのだぞ。勇者ではない甘えた考えの小僧に、憐れみなど必要ない」
気を失いそうになった。
何を言っているのかがわからない。
確かに。
知られてしまったのは彼の行動のせいかもしれないが。
それをさせたのは、誰だ。
耐えきれなくなった私は、椅子をわざと倒して席を立つ。
「軍議中だ。何処へ行く」
静止の声も無視して、私は扉まで歩いていった。
黙って、聞いていられるものか。
「気分が優れません・・・」
それでも、何も言えないのは、私にも何もできなかったから。
扉を閉めて、私は。
非力な自分に、唇をかみしめた。
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