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2:勇者の証拠

 SIDE IN ~神隠しにあった男の子~


 辺りを見渡すと、見知らぬ場所に居た。

 石造りの居住スペースみたいだ。

 それにしても、広い。

 体育館、は言いすぎにしてもそれに準ずるほどはある。

 それも、一室だけで、である。

 そのど真ん中に、僕は居た。


 学校に行こうとして、立体交差点を渡っているはずだった。

 そのど真ん中で、ちょっと立ちくらみを起こして目を伏せた。

 それだけだった。

 それだけで、僕はいつのまにやらこんな場所に来てしまったらしい。

 全男性が一度は夢に描いた瞬間移動でも体得していたのだろうか。

 それにしてはランダム性が強すぎて使い物にならない気がするが。

 このさい目をつむるとしよう。

 なんにしろ、男の夢が叶ったのだから。

 「ようこそ、いらっしゃいました」

 女性の声がした。女の子らしい、高い声。

 作られていない地の、心地よい声だった。

 「誰だ、あんた」

 「何?何が一体どうなっているの?」

 「会社に行く途中だったのですが」

 「・・・・・」

 まあ。そんなことはないだろうとはおもってましたけど、ね。

 だって、僕だけじゃないみたいだから。

 強制的に皆を瞬間移動させてしまうなんて、そんな迷惑な力があるはずないのだし。

 体がふれていたならまだしも、それはないだろう。

 溜息をついてから、目を配る。

 僕の周りでは、僕以外に5人がそれぞれに困惑していた。

 困ったように頭をがしがしとかいている同い年ぐらいの男。学生服を着ているから、年齢は間違いないだろう。

 妙に挙動不審になっているOLっぽいお姉さん。あ、なかなかの綺麗どころですよ。

 やたらと眼鏡を触っている30代半ばの社会にもまれた感じがでているおっちゃん。

 一番最年少だけれど、この場の誰よりもクールに話を聞いている少女。

 それから、だるそうに煙草を吸いはじめたやぼったいお兄さん。

 「落ち着いて、私の話を聞いてください」


 言わば、よくある話なので、大まかには割愛させてもらう。

 決して覚えていないわけではない。よく聞いてなかっただけである。

 「なんだ、それ。勇者って・・・ハイファンタジー小説じゃあるまいし・・・」

 「あ、あの、私達普通の民間人だし、魔物と戦うとか言われても」

 「帰れないといわれましても、私としましては会社にいかなければならなのですが。どうにかなりませんか」

 「・・・・・」

 説明お疲れ様でした。皆さん。

 相変わらずお兄さんは煙草を愛しんでいて、子供っぽくない女の子はクールでしたが。

 大まかなところは、そういうこと。

 これは、ハイファンタジー。

 B級にもなりはしない、強制的なRRPGといったところか。

 さて、どうなるんだろう。

 「っていうか、勇者多すぎだろ」

 あ、学生服が核心ついた。

 さらには、という言葉をつなげてもいい。

 僕には全員の顔に見覚えがある。

 間違っていなければ、僕たちは皆。

 「それに、私達って皆偶然立体交差点の中心にいただけよね」

 そうなのだ。

 僕らは、あの立ち眩みがする直前に顔をつきあわせている。

 「確かに、なるほど。これは偶然というにはおかしな話です」

 なんだろう、眼鏡のポジションが決まらないのだろうか。サイズがあってないのではないか。ひたすら位置を気にしているようだけれど。

 「・・・・・」

 相変わらず喋らないな、女の子。ぴくりとも表情が動かない。素敵滅法な仮面をお持ちのようで。

 「まきこまれたってことか」

 ようやく煙草を一本吸い終えたお兄さんが話に参加してくる。

 たしかに、そう考えるのが妥当なところか。

 別の場所から選りすぐってこられたのならわからないでもないが、いくらなんでも同じ場所からなんてのは、ありえない。

 偶然に奇跡がまじって、天文学的数字を軽く超えている確立だ。

 真面目な兎が怠け者の亀にレースで負けるぐらい、ありえてはいけない。

 ありえてしまったら、それはもう、どこかで運のバランスが崩れてしまう。

 「どういうことなんだい、お姉さん」

 皆の視線は自然と僕らを出迎えたお姉さんに向いた。

 まじまじと見る。

 見慣れない衣装は、どこかコスプレを思わせるが、その衣装は余程似合っていて、着慣れている感じが出ていた。

 長い黒髪かとおもえば、かすかに色が混じっていて、光に照らされて淡くブラウン色に見えた。

 清楚。可憐。純粋。無垢。大人。立派。綺麗。大きい。

 言葉が次々と思い浮かぶ。最後のは、局部的なものだけれど。背ではない。

 「私としても、ここに基準を置いただけであって、詳しい数までは啓示を受けておりません。てっきり、御一人だけだと思っていたので、驚いています」

 5人も巻き込まれているのか?

 被害がでかすぎるだろ。

 「過去の事例を見ましても、たいていは御一人だったご様子ですが」

 彼女はピッ、腕を上げ、皆の注目をもう一度引きつけてから、そして、僕を指さした。

 「後ろをご覧ください」

 ああ、正確には、僕の後ろを、指さした。

 そこには、祭壇のように台座になっている場所があり、無造作に鞘にはいった刀が置かれていた。

 「あれは?」

 「・・・・・」

 お姉さんが代表して聞く。

 話の流れから、多分ゲーム世代の僕とか、同世代の彼ならわかっているだろう。

 そっと溜息を吐いていたやぼったい兄さんも、理解したようだ。

 座標。

 そう、彼女は言っていた。

 「あれは、勇者由縁の物です。[其は彼の縁者がたよる座標なり]。それが貴方がたを子の場所に導いた者。突如として我々の下に現れた、剣。誰もが鞘から抜けなかった、神の遣わし、彼の場所より勇者とさだめた者たちのための剣。そう、私達は考えています」

 ですから、と彼女は言葉を切り。

 ゆっくりと僕らの間を抜いて、剣を手に取った。

 両手で抱えて、やたらと重そうだ。

 赤子くらいはあるのだろうか。

 「貴方達が勇者であるのならば、私にこれを抜いてお示しください」

 一番近くに居た、お姉さんのもとに行き、差し出した。

 それを流されるまま両手で受け取ると、驚いた表情をした。

 何かあったみたいだ。最初からあたりですか?

 「え、あ、これ軽いね」

 そういって、易々と剣を鞘から抜いて、何事もなかったかのように鞘におさめた。

 「はい、次は誰やる?」

 何事もなかったことにした!

 抜けなかったことにしたよお姉さん。

 嫌なのはわかるけど、あまりにスムーズすぎて逆にすごい!

 となりにいた眼鏡の男性も思わず受け取ってるし。

 「本当ですね。軽い」

 といって、剣を鞘から抜いて、何事もなかったかのように、鞘におさめた。

 「次は君です」

 おいいいいいいいい!

 なんで抜けてんだよ、おかしいって。

 安心した表情で柄に手をやってたってことは、お姉さんが抜いたから他は抜けないって油断してたな。

 それで、試しに引っ張ってみたら、見事にぬけちゃってるよ!

 なんという罠。

 勇者二人目おめでとうございます。

 でも、彼もまた抜けた事実などないかのように学生服に剣を渡す。

 「・・・・・」

 軽々と剣を受け取り、不吉な予感を感じたのだろう彼は、柄に手をやってちょっとだけためらっている。

 そして、ちょっとだけ力を込めると、ほんのちょっと剣がスライドした気がした。

 キン。小さく鍔がなる。

 「俺には抜けなかったわ。次お兄さんね」

 認めろよ、いい加減認めろよ。

 お前ら三人そろって、現実から目をそらしたら話進まないぜ。

 出迎えてくれたお姉さんもちょっとどころじゃないほど驚いてるし。

 勇者三人もいて良かったね。

 安っぽいな、勇者。本当に安っぽい。

 偶然と奇跡が重なって天文学的数字の運って言ったけど、どっかの誰かが不幸になるぐらいの奇跡起きてるよ、絶対。

 兎が途中で事故にあって、亀が勝ってるから!兎はもう瀕死だよ!

 お兄さんは三人の様子を見ていたから、剣は軽いものだと思っていたらしく、片手で受け取った。

 けれど。

 それは予想に反して重かったらしく。

 よろめいてしまっていた。

 それでも片手で持てることは持てるらしく、柄だけをにぎって、ぶんぶんと振りまわした。

 「抜けねぇな」

 軽く呟いてから、今度は鞘にもう片方の手をかけて、唸る。

 気合いと共に、力を込めているが抜けないようだ。

 「次はお嬢ちゃんやってみるか」

 そういって、近くに立っていた女の子に、気を遣って渡しているのが分かる。

 けれど。それは徒労に終わっていた。

 その女の子も軽々と片手でその剣を受け取って、ためらいもなく鞘から抜きさったからだ。

 やばい、クールすぎる。

 鞘はぽい、と捨て去り、剣豪さながらの剣捌きを見せる。

 どこまで格好が良いんだこの子。

 「抜けた」

 剣の刃を見て、呟く。

 「抜けないのは俺だけか?」

 その姿を見て、お兄さんも呟く。

 僕は足元に飛んできた鞘をひろい、手渡した。

 意外と重くてびっくりした。

 「ありがとう」

 そういって彼女は鞘に剣を戻し、僕に差し出した。

 それを、片手で受け取ると、不覚にも落としてしまう。

 いや、あまりのおもさに持つのが嫌になったわけではないよ。

 本当に。

 とりあえず、今度は両手で拾い上げる。

 10kgはあるんじゃないか、っていうほど重くて、とても長時間もっていられない。

 さくっと試そうとおもって、柄を握って抜こうとするが、びくともしない。

 どうやら、僕もお兄さんと同じらしい。

 お仲間です、とおもってお兄さんににこやかに笑いかける。

 すると、ちょっとだけ微笑んでくれた。

 なんだか、仲良くなれる気がした。

 「お返しします」

 両手で抱えて剣をお姉さんに渡して、僕はさがる。

 これで、勇者は決定した。

 6人中4人。

 偶然にしては多すぎる数だった。

 どっかで震災でも起きそうだなぁ。

 心の中で合掌。

 けれど、実際に確かめられないので、くだらないと一笑。

 さて、これからどうなってしまうのだろうか。

 既に頭の中に震災のことなどはなく。

 僕の頭の中は、そのことでいっぱいだった。


 SIDE OUT

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