閑話始め:彼の推測、空いた期間
SIDE IN~なんかお邪魔で気まずい灰田直~
幸樹の部屋に入るとまず、なんとも言えない空気を感じた。
言葉が出てこない。
言い表せない。
あー、なんていえばいいのだろうか。
頭の中で考えを巡らせていると、怪訝な顔で彼らが見つめてくる。
それを感じて、すぐに座る場所を決める。
いつも通り冷泉が幸樹の右側を陣取っているので、俺はその反対側に置いてある椅子に座る。
主に医者が使う場所だろうそこには、椅子が常備されるようになっていた。
言わば、来客用の椅子だ。
もはや対面に座る彼女はこの部屋の主となっていて、ただ看病で訪れているだけでなく。
反対側のベッドは明人さんの物からいつのまにか彼女の物となっていた。
いや、別に何が言いたいわけでもないが。
現状それがベストなのには違いないのだから。
だから、そう睨んでくれるなよ。
対面に座っているからか、いつもよりも彼女の視線を強く感じる。
それはもう、ひしひしと肌に感じる。
「どしたの?お見舞いにでも来てくれたのかな」
「ん、ああ」
被害妄想に耽っているところに声をかけられて生返事で応えてしまった。
間違ってはないんだが。
全部でもない。
不意に。
何も言わずに冷泉が椅子を静かに鳴らして立ちあがり。
てくてくとテーブルまで歩いて行った。
何をするのかと思って眺めていると、彼女はテーブルの上に置いてあったコップに、お茶を注ぎ始めた。
この部屋には、給仕係の女の人が居ない。
理由は多々あるらしい。
例えば。
彼女が何でもできることとか。
彼らはまだ襲われる危険性が残っているからだとか。
慣れない幸樹が嫌がったからだとか。
彼女が嫌がったからだとか。
そのどれもが本当で。
「はい」
今もこうやって、客である俺にお茶をいれてくれたりする。
「ん」
こいつにじゃないのかと思って幸樹の方を見る。
既にナイトテーブルの上にはお茶の入ったコップが置いてあった。
まあ、普通に置いてあるか。
そこでようやく、差し出されたコップを受け取ると、彼女は定位置へと戻っていった。
口の中を一度潤す。
「具合はどうだ?」
「順調かな。陽菜ちゃんのおかげもあってか、怪我に障るような事もなく、治ってる感じはあるよ。医者の話によると、そろそろ出歩いてもいいかもって。脇腹はまだ痛いけど、歩けないほどじゃなくなってきたから。あのおじいちゃん、凄いよね」
「そっか」
「そっちの方はどうなのさ。修行は上手くいってるの?」
「ああ、うん。まあまあだな」
「まあまあじゃ困るよ。早く強くなって、魔王倒してくれなきゃ」
「大丈夫。うん、大丈夫だって。梨奈さんなんて、昨日は素手で岩砕いてたし。平蔵さんとかも、順調に魔法がつかえるようになってるみたい。明人さんだって、良い筋してるって、梨奈さんと模擬戦できるぐらいだ」
そして、俺は。
言葉を呑みこんだ。
「また来たって、今度は俺たちが追い返してやるさ。すぐに魔王だって倒してやる」
強がりだった。
そんな事出来っこないって、本当は思ってる。
「うん。期待してる」
「任せとけ」
「でも、しばらくはきっとそんなに危険はないよ」
「え?」
「ほら、あの鰐だって、左腕がなくなったり右目が潰れちゃったりしたわけじゃない。彼の部隊だって、編成するのにまた時間がかかりそうだし、しばらくは襲ってこないかな、ってさ」
「んー、それもそうだな。あれから一度も襲ってこなかったしな」
ほらね、と幸樹が笑って、ほっとする。
内心ではびくびくしていた。
俺に何が出来るのか。
役に立つ事が出来ず。
あのとき以上の後悔をしてしまいそうで、怖い。
それに、今は平気そうに見えるが、冷泉だって怪我をしているのに。
全然そんな素振りは見せていないが。
医者の話によると、激しい運動は無理だといっていた。
とにかく、時間が欲しい。
俺は今度こそ後悔しないくらいに強くなって。
この皆を守れるだけの力が、得られるくらいに。
SIDE OUT