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16:覚めたり、笑ったり

 SIDE IN~夢見が良かった冷泉陽菜~


 目を覚ましてまず、体の節々に痛みを感じた。

 無理な体勢で寝てしまっていたのだろう。

 それから、手に何かを握っている感触がある。

 何だったっけ。

 「おはよう」

 そこまで頭を巡らせたら、答えが降ってきた。

 飛び跳ねるように起き上がり、でも手は離さないで。

 咄嗟のことだったけれど、痛くしないようには気をつける。

 そうだった。

 あんまり心地よくて、あのまま寝てしまったんだ。

 どことなく気恥かしい想いはあったけれど、それ以上に、嬉しくなった。

 彼が起きている。

 それも、昨日とはうってかわって、調子は悪くなさそうだ。

 痛々しい怪我は、突然には治らないけれど。

 命の心配をするひつようは、なくて。

 心の底から、安心した。

 「おはよう」

 ございます、と付けるか迷った。

 迷っているうちに、おはよう、と言い切ってしまって、今更だと思いなおす。

 「体は?」

 「うん。昨日貰った御薬が効いてくれたのか。重傷なところ以外は良いみたい」

 「よかった。水は?」

 「欲しいかな」

 起きぬけに喉が渇いていた私は、彼もそうだろうと聞いてみる。

 返事を聞いてからすぐに私は行動に移す。

 ナイトテーブルに置いてあったコップと、テーブルの上にあるコップを手にとって、まずは洗面所まで行き洗いに行く。

 そこで、私は少しだけ寝癖を直して、すぐに戻る。

 テーブル上に置いてある昨日換えたばかりの冷たい水が入ったポットから、二つのコップに水を注ぐ。

 ごくり、と喉が鳴った。

 喉が渇いているときに見る水の、おいしそうなこと。

 すぐに飲みたい衝動が体をはしるけれど、我慢した。

 でも、一口ぐらいなら、と一口だけ口に含んでから、彼のために用意した水を運ぶ。

 それを一度ナイトテーブルの上においてから、体全体を使って彼を抱き起す。

 片手だけじゃ、私の体躯では無理だ。

 ベッドの頭を背もたれに、彼を座らせる。

 彼の体は、薬品の臭いが染み付いてしまっていた。

 それを、同様に昨日も気にしていたけれど、私は気にしない。

 私だって昨日気にしないと伝えたはずだから。

 「あーん?」

 食事、ではないこういうときにまで適用される言葉なのだろうか。

 疑問に思いながらも、彼の顔をみながら、おもいついたので言ってみた。

 どういう反応をくれるだろうか。

 前は普通に受けてくれたけれど。

 しばらく彼は私をみつめてから笑顔になった。

 少し嬉しそうに見えたのは私の想いからくる目の錯覚だろうか。

 「あーん」

 ノリの良い彼の口にゆっくりと水を流し込んでいく。

 一度含んだら、飲み込むまで待って、口元にコップを持っていきまだ欲しいか言外に尋ねる。

 それを3回続けたところで。

 コップの水は三分の一を残して、その役目を終えた。

 「ありがとう」

 首を小さく、横に振って応える。

 残った水はナイトテーブルの上において、自分のコップを取りにいく。

 それを持って私はここ最近の定位置に。

 彼の顔を眺めながらゆっくりと飲む。

 「嫌われたかと思った」

 私の様子を見ていた彼が、視線をはずして。

 安心したように呟いた。

 「どうして?」

 「うん、あの時にね。僕は間違えてしまったから。言い訳にはならないけれど、僕一人の力じゃ、クロウを、ってあの鰐のことなんだけど、倒せないと考えた。だから、君を。一人で戦って傷ついた君を、僕はなんとか奮い立たせようとした」

 思い出すように、恥ずかしそうに。

 「怒鳴ったりもしたし。嫌われてもしょうがないかな、って。僕だってへこんでるところに怒鳴られたりしたら、うるさい、って怒鳴り返しちゃうよ」

 「私は」

 いつまでも続く彼の言葉を、努めて強く、打ち切った。

 「嬉しかった」

 伝わるだろうか。

 伝えられた、だろうか。

 精一杯の笑顔を作ろう。

 彼と私が勘違いしないように。

 最上級の感謝を乗せて。

 心底笑ってみよう。

 

 SIDE IN~息をするのも忘れている維新幸樹~


 あまりに綺麗なその笑顔を見て、顔が熱くなった。

 あれ、僕、いつの間にか慰められてる?

 ちょっとした疑問から言ってみただけなのに。

 女々しくなっていた自分に気付いて。

 恥ずかしくなった。

 情けないなぁ。

 今にも顔を覆ってしまいたい。

 しまいたいけれど。

 それはもっと恥ずかしくなるから。

 我慢しよう。

 「良かった」

 彼女の笑顔を見て、心の中に残っていたもやがなくなった。

 これも、気になっていたことだった。

 彼女は笑わない。

 最初に気付いたのは、一番初めの食事のとき。

 僕らが馬鹿話をしていても、にこりともしない。

 クールで済ますには、度が過ぎているとおもった。

 笑わなくても、呆れるでもなんでも、してくれればそんなことはおもわなかったけれど。

 どこか思いつめた様に、僕には見えていた。

 だから。

 良かった。

 もちろん、嫌われてなかったことも良かったと思うけれど、一番良かったのはそのことだった。

 思わず顔が綻んでしまう。

 コンコン、という軽いノックの後に、ドアが開いた。

 「入るぞ」

 という言葉は彼にとって、事後承諾をの部類にはいるらしい。

 別に、やましいことをしているわけじゃないから、いいのだけれど。

 「邪魔したか?」

 「いえ」

 タイミング的にはばっちりだっただろう。

 明人さんが、医者とともにやってきた。

 失礼するよ、と昨日と同じ場所に座る。

 明人さんはテーブルにつく。

 なにをするでもなく、こちらの様子を眺めていた。

 医者は椅子ごと近づいてきて、僕の服をめくり、直接お腹に手を置いた。

 毎度おなじみ、僕ウェーブ。

 「薬がだいぶん効いているみたいじゃの。これなら、ちょっと手助けしてやるだけで、いいわい」

 「よかったな」

 明人さんは、僕ともう一人。

 彼女に向かって言った。

 それに無言でうなづいて。

 少しだけ微笑んだ。

 その様子に彼は目を丸くして。

 すぐににやりと笑った。

 ふーん、なるほどな。

 そう、僕には聞こえた。

 「怪我は酷い物じゃが、これなら安静にしていればじき治るじゃろ」

 「なるほど。それまでしっかり看病してもらうんだな」

 「え?」

 まるで他人事かのように言う明人さんに、聞き返してしまった。

 僕の世話役は、彼じゃなかったのか。

 「冷泉はもう充分戦えるらしいからな。今度は俺が訓練させられている。勇者じゃないが、身を守る術はほしいからな」

 すらすらと。

 板に水を流すかのように。

 あらかじめ質問を予期していたようだ。

 それに、なるほど、と納得。

 彼女を見ると、まかせて、と言わんばかりに頷いてくれた。

 なんだか悪い気がするけれど、自分で出来ないことをするつもりもない。

 それは煩わせてしまうだけだと、解っていたから。

 それに冷泉さんなら、大丈夫。

 しっかりしているから安心もできる。

 襲撃があっても、守ってくれそうだし。

 「それじゃ。俺は飯でも食いに行くとするか。じいさんもどうだ?」

 「それはよいのう」

 「しっかり看病してやんな」

 最後に出ていくときに彼は彼女に声をかけて、出て行った。

 お大事に、と医者は後に続き。

 残った僕らは、互いの顔を見合わせて笑う。

 「よろしくお願いします」

 「うん」

 おちゃらけて敬語を使ってお願いする僕に返ってきたのは。

 クールな顔に戻っていた彼女の、真面目な答えだった。


 SIDE OUT

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