13:終局
SIDE CHANGE~満身創痍な維新幸樹~
そして、僕らの戦いは終局を迎える。
「ぐぉぁぁぁぁ!」
鰐の右目から流れる黒い血液。
痛みに鳴く声が、荒げていた。
それを耳にしながら、してやった、という達成感を覚えて。
それと同時に、心の中で、舌打ちをした。
どうやら鰐も同じ気持ちなのか、声を荒げながらも口がつりあがっている。
あーあ。
本当に。
おしいところまで、いったのに。
あとひと押しが、足りなかったなぁ。
鰐のにやついた顔が、妙にしゃくにさわったけれど。
どうすることもできずに。
じわじわと広がっていく熱と痛みに僕は目を閉じる。
最後まで外道っぽくない、奴だったな。
油断もなにもあったもんじゃない。
強者にあるまじき、全力で。
一寸の虫にも十全を尽くし。
全力で俺の命を断ちに来た。
それを図り損ねただけのこと。
そう、それだけのこと。
消し飛んでしまったかのように感覚がない右腕。
間違いなく、内臓に刺さっているだろう肋骨の痛み。
致命的だ、とどこか安らかに考えていた。
それはもう、些細なことで。
頭の中には、他の皆がこれからどうなるのかが気になった。
戦いは終局を迎えていた。
鼻についた埃っぽい土煙りの臭いがもうほとんどしていない。
誰かの悲鳴も、誰かの怒声も、誰かの足音だって、聞こえない。
おそらく鰐はもう引き上げていくだろう。
あの満足げな顔。
本当にしゃくにさわる。
脳裏から、焼き付いて離れない。
でもまぁ。
あいつは勘違いを引き下げたままだ。
それなら、ちょっとは溜飲が下がるってものか。
このまま勘違いしていてくれたなら、しばらくは平穏が続くかもしれないな。
その間に皆が強くなって、本物の勇者として、魔王を討伐してくれる。
僕の仇は、とってくれるかなぁ。
なんて、淡い期待をしながら、吐き気の赴くまま嘔吐した。
口の中に広がる血の味に、ちょっとだけ、笑ってしまう。
吐血ってなんか、かっこいいって、おもってたのにな。
実際、消えゆく命みたいで、いいかも。
ああ、情けないな。
こんなに死ぬのが怖いなんて、思ってなかったのに。
もう、どうしようもないのに。
「はぁっ!」
意を決した僕は、固まっていた体を激励して。
鰐の懐へ。
死地へと、飛び込んだ。
瞬に、間合いは詰まり。
鰐はその大剣を振る。
初速から、二速へと。
変わるその前に大きく横へと飛びのいた。
記憶の中の冷泉さんは綺麗に避けていたけれど。
そんなことできるはずもなく。
大げさに僕は予測する大剣の軌道から外れていく。
幸いに、彼女よりかは体が動く。
すぐにその場から離脱して、間合いの外へと跳躍した。
鰐は追撃してこない。
振り切った大剣をそのままに、じろりとこちらをにらんだだけで。
誘っているようにも見える。
けれど、それはお断りだ。
ダンス経験がない僕には、その場はきつすぎるから。
「ちょっと拝借っと」
視界の端に見えていたトカゲが持っていた槍を拝借する。
ふっ、と一息に投げ、次の得物まで駆け抜ける。
横目に鰐を見るが、思った通り。
まったく有効打にはほどとおく。
その場から動かず、左手一本で弾き飛ばしている。
こっちの誘いにも乗らず。
僕は次に拾った剣を投げつけた。
くるくるくる、と鰐を反時計回りに回りながら。
いろんなものを投げつけた。
斧。
ハンマー。
兜から。
石まで投げつける。
鰐は冷静にそれをはじいていく。
動きはない。
じろりと僕を観察する。
ひぃ、なんて心の中で叫びながら。
そろそろ行くか、と近くにあった剣を手にとって。
左手には体で死角を作り隠れるように石を握っておいた。
「いくぞ!」
剣を正眼から上段に構え、さっきとはうってかわって、ゆっくりと近づいていく。
見よう見まねで、にじりよっていく。
左足を前に。
右足を左足に添わせ。
決して前には出さず。
地面を擦らせていく。
剣道をするひとって、たしかこう歩いていた気がする。
相手の間合いまで、後少し。
鰐が、地面に置いていた剣に、左手を添えようとした、そのタイミングで。
隠していた左手の石を、出来る限りの力で鰐の顔に投げつける。
そこから出来るだけ早く。
僕は右手を振り始めた。
その時の驚いた顔といったら。
いや、まぁ。全然、そんなものはなかったのですが。
平然と、ひらり。
全体的に前のめりになって、低く構えを完成させる。
そこから、地面を滑るように動き出す大剣。
「せーのっ!」
僕は右腕を、振り抜いた。
大剣が加速するよりも早く。
その剣を。
勢いよく飛び出すはずのその大剣に。
叩きつける!
「っ!」
剣の、浅い部分。
柄と剣との境目で。
僕は思い切り、押さえつける感じで。
押しこんだ。
勢いを殺され、大剣は沈み。
鰐はそれを悟り、一度仕切りなおした。
その場で、力を抜き。
次の一撃で、剣ごと切り伏せてくる、つもりなのだろう。
そんなもの、待つわけがない。
僕はすぐ、その鰐の右手を足蹴にした。
―――――?
理解するよりも早く、僕は右腕を諦め、左腕を突き出す。
人差し指と中指で、小さな槍を作り。
脳まで貫く、予定だったのに。
指に生温かい感触がした直後だった。
まるで、トラックが突っ込んできたかのような、錯覚。
いつのまに・・・?
鈍い感触と、音。
気がつけば僕は、地面に伏していた。
吐き気がする。
目が、ちかちかする。
あー、ちくしょう。
間に合わなかったなぁ。
ちょっと運が、たりなかったかなぁ。
SIDE CHANGE~誇らしげな鰐クロウ=ダイン~
目の前に倒れた男を見て、にやけた顔がおさまらなかった。
まだ戦いの余韻が残っている。
それほど長い間のことではないはずなのに。
実質打ち合ったのは何合もなく。
雑魚を切り伏せる程度の時間しか、かからなかったはずなのだが。
それだけだったはず、なのだがな。
楽しい時間だったようにおもう。
完全に、右半身は砕いた。
もはや、その男は死んだも同然だ。
この右目は取られるはずはなかったのだが、と心の中で呟いて。
言い訳がましいと、笑ってしまう。
見えては、いなかっただろう。
そう、この男は俺の左腕には気づいていなかった。
完全な死角。
それなのに。
何かで気付いて、半身引き、左手を使った。
あのまま右手なら間に合わなかっただろう。
俺に油断はなかった。
そう、それは間違いない。
間違っていたとしたら、俺の認識だろうか。
この男という生き物の、生命力の高さと。
心の在り方。
非力な生き物だ。
それは他の人間とかわらない。
だから、他の人間と同じように考えてしまった。
今思えば身震いが、する。
俺とて、反射的に出来ただろうか。
この男は。
瞬時に右腕を切り捨てることを決め、潰れている左手の使用を行った。
これは異常だ。
なんらかの枷が働いていない筈がないのに。
それを踏み倒して。
この男は動いていた。
躊躇のない攻撃。
犠牲にためらいのない防御。
咄嗟の判断力。
どれもこれも、人間とはおもえない。
いや、普通とも、思えない。
自分の弱さを知っている。
自分の力を分かっている。
高望みはせず。
最低限の命だけを守り。
最大限の利益を得ようとした。
その結果か。
それとも、これが、勇者という生き物か。
時間を与えていたら、確実に俺達の前に立ちはだかっていただろう。
それを守り切れなかった人間たちの負けだ。
そして、倒しきった俺の勝利だ。
ぴくりとも動かないその男の首を土産に、帰還するとしよう。
戦況は、俺たちの負けだがな。
そんなものは、どうでもいい。
そんなことは、意味がない。
ゆっくりと大剣を、幸樹と名乗った勇者の首にあてる。
なんと弱い生き物だったのだろうか。
これほど強く在ったのに。
くだらぬ考えだと、鼻で笑ってしまう。
その想いに、足元をすくわれたばかりだというのに。
この手の力を抜いてしまうだけで、簡単に首をはねれてしまうような、そんな生き物だったのだ。
それが脅威になるとは。
世界はこれだから面白い。
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