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12:僕が

 SIDE IN~遠くから見ていた維新幸樹~


 で、え、え、え、え、や、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あぁぁぁ!

 僕は、とぎれとぎれになってしまった掛け声とともに、鰐の手を目掛けてとび蹴りを敢行する。

 上手く大剣の軌道を逸らす事が出来たのを確認すると、手を踏み台にして方向転換する。

 手に得物があれば目を切り裂いてやってもよかったけれど、今は無手。

 代わりにその横っ面を思い切り蹴り飛ばしてやった。

 大きな図体が、少しだけよろめく。

 完璧な奇襲となったけれど、大したダメージは与えられなかったようだ。

 そんなに期待はしていなかったけれど。

 肩を落とさずにはいられなかった。

 あわよくば、失神でもしていただけたら、幸いだったのに。

 振りぬいた足で反動をつけて、反対の足でもう一度そのよろめいている図体を蹴り飛ばす。

 今度は踏み抜くつもりはなく、相手の体をつかって間合いを取るために飛ぶためだ。

 さすがの巨体も、バランスの崩れたところを押されては、どうしようもなく、地面に倒れる。

 それを後目に見ながら、見事に冷泉さんの目の前に着地して、その前に立つ。

 本当は抱えて連れて行くことが出来たらよかったんだけれど、あいにくと手が使えない。

 それに、後ろにひかえていた犬がぴくりと動いたのが目に付いてしまった。

 何か特別な指示でも受けているのか、行動には移さなかったけれど。

 「大丈夫?」

 努めて冷静に、僕は聞く。

 本当は分かっている。

 でも、今は言葉を絶やしたら駄目だろう。

 「・・・・・」

 答えはない。

 彼女は黙し、そこにへたり込んでしまっていた。

 だが、それではだめだ。

 ここを切り抜けるにはもう一度彼女に立ちあがってもらう他にはないのだから。

 「大丈夫?」

 もう一度、今度は叱責するように強く聞く。

 「おれ・・・折れちゃったよぉ・・・」

 怯えたように震えて、ぽつりぽつりとつぶやいた。

 はっ、と息を詰まらせる。

 彼女の右手には、折れた剣。

 それは、僕らがこの世界で初めて握った剣だった。

 勇者を選ぶための、勇者の剣。

 どれほどの衝撃だったのだろう。それは、金属とは思えない折れ方をしていた。

 そして、どれほどの衝撃を、彼女に与えたのだろう。 

 経緯は遠目に見ていて、知っていた。

 「勇者の・・・剣なのに・・・折っちゃったよぉ・・・」

 まるで彼女とは思えない心細い声に、その片鱗を知る。

 どれほど痛かっただろうか。

 どれほど苦しかっただろうか。

 どれほど、つらかっただろうか。

 扱いが上手かったから剣を持っていた。

 戦いが上手かったから、こんなのと戦っていた。

 勇者だったから、ここにいる。

 僕には、到底わからないだろう思いがそこにはあるのだろう。

 今にも押しつぶされてしまいそうなその声に、笑ってしまった。

 ああ、そうだった。

 いつのまにか忘れていた。

 彼女はまだ子供で。

 それを知っていた筈なのに。

 僕は今、彼女を戦いに赴かせようとした。

 違うだろう、それは。

 心の中でひとりごちる。

 最初は、違っていただろう。

 そう、僕は年上で、彼女は年下だ。

 そんな当たり前のことを、忘れていたで済ますのは、違うだろう。

 「そっか・・・」

 優しく。

 自分でも驚くぐらい優しく言えた気がする。

 ああ、そろそろあの鰐が起き上がるころだろうか。

 どうにも、できないかもしれないな。

 でも。

 「知らないの?折れない剣はないんだ。当たり前のことだけどね」

 まあ、僕以外になんとか出来そうな人が、この場に居ないのなら。

 やるしかないよね。

 「アーサー王が抜いた選定の剣だって、一度は折れてるんだ。たかが剣が折れたぐらいで、何も変わらない」

 左腕に巻かれた包帯をほどく。

 とっさのときに、盾ぐらいには使えるかもしれない。

 だらり、と左腕を垂らしながら、知りもしない構えで鰐と対面する。

 それを見た鰐が、笑っていた気がした。

 馬鹿だと思われたのか、無謀だといわれているのか、それはわからないけれど。

 うるせー、とだけ、心の中で返しておいた。


 SIDE CHANGE~満面の笑みを浮かべた鰐~


 思わず、笑ってしまった。

 戦いの最中だというのに、あまりに嬉しくて、おかしくて。

 少女にしてあの剣の腕前、俺の前に立ちはだかる勇気、あれこそがまさに聞きしに劣らん勇者だと考えた。

 しかし、やはり実戦不足。

 つまらぬ終焉であった。

 それがどうだ。

 今俺の前に立つ男をみて、声を上げたくなる。

 そんな手で、何故俺の前に立てる。

 そんな体で、何をするつもりだ。

 まるで死に体だ。

 だが、その瞳に心の底から震えた。

 ああ、ついに見つけたぞ。

 俺の目的。

 俺の標的。

 俺の、倒すべき人間を。

 今度こそ、違いない。

 「ぐぉぉぁぁぁぁぁ!」

 歓喜の声を上げて、剣を担ぐ。

 「うるへー」

 「そういうな、勇者よ。これが漢の咆哮だ」

 その言葉に、勇者が目を丸くして驚いた。

 あまり変な言葉ではないとおもったが。

 人間には通じなかっただろうか。

 「喋るんだ」

 「今更。変な事をいってしまったかとおもったぞ」

 「何、魔王様?」

 「違う。俺はただの下僕だ」

 「このまえの熊は喋んなかったよ。ガーゴイルっぽいのも」

 「あれはさらに俺んとこの下っ端だ。言葉を解さぬが、なかなか使い勝手の良いものだったのだがな」

 「それは御愁傷様」

 意外や意外。

 言葉をつないでも、返ってこないものだとおもっていたが、話せるではないか。

 これは愉快だ。

 「お前が勇者で間違いはないな?名を聞いておこう。俺はクロウ=ダイン」

 「維新幸樹。なんか外道っぽくないなー」

 「これも生を楽しむコツだ。俺なりの、な」

 「まったく、イメージが崩れるからやめてほしいな、そういうのは」

 「構わぬさ、そんなものは」

 崩れたところで、意味のないことだ。

 「生き延びさせるつもりは、毛頭ないのだからな」

 維新は苦笑いを一つ。それ以降は喋らない。

 時間も迫ってきているようだ。

 雑魚しかつれてこなかったとはいえ、予想よりも手ごわい相手だったというわけか。

 まあ、だが。

 この小僧をつぶすだけの時間は、充分あるようだがな・・・!

 「グォぁぁぁぁぁぁ!」

 高ぶった気持ちを抑えられず、俺は今一度吠えた。

 さあ、会戦だ!

 抗って見せろ!


 SIDE CHANGE~失意の底にいる冷泉陽菜~


 どうして、私はあんなことをしてしまったのだろうか。

 最初は守らなければと思った。

 ところが、一度剣を振ったその時に、倒さなければに変わった。

 二度目を降った時には、これなら倒しきれると考えた。

 三度目を振って、ようやく、少しだけ思いとどまったところに、出会ってしまった。

 大将だろう、その鰐に。

 ふつふつと湧き上がる、泉のような感情があった。

 怖い。

 それと同時に、これを私が倒さなければとも、使命感に似た、ものも湧き上がる。

 そして、私は対峙してしまった。

 戦ってしまった。

 全てが全てを、間違えたまま。

 私が勇者のはずが、なかったのに。

 自信はあった。

 幼いころから扱ってきた剣。

 それが通用した。

 これなら、とも思った。

 不安もあった。

 もしかしたら、というこびりついて離れない物。

 どうしてそれを、見てあげなかったのか。

 折ってしまった剣を見て、後悔する。

 これは、私が使っていいものではなかったのだ。

 私は、やってしまった。

 心の中に息を潜めていた私が顔を出す。

 お前なんかが、何をえらそうに。

 人に任せておけばよかったのに。

 とりかえしのつかないことをした。

 ぐわんぐわんと揺れる頭に響く自責の言葉。

 それを否定したい自分が居て、それでもこのまま責任をとって死んでしまってもいいと思っている自分もいた。

 そんなあふれている感情の泉に、石が投げ込まれる。

 私を心配しないで。

 これ以上、かき乱さないで。

 何度も、何度も泉に投げ込まれる石。

 それが、痛くないと思ったのは、何度目だっただろうか。

 何を聞いても痛かった言葉が、だんだんと違ってくる。

 もっと、もっと、と催促したくなるような、おかしな気持ち。

 それが止んでしまった時に気がついた、あたたかさ。

 どうして止めてしまったの、と逆に責めたくなっていた。

 それを求めて、下げていた顔を、上げる。

 私の世界に、音が戻っていた。


 SIDE CHANGE~たった独りの維新幸樹~


 じり、じりと間合いが詰められる。

 僕は大剣が届く範囲に入らないように、その間合いをはずしていく。

 おそらく、僕ではそう何度も避けらない。

 運が良くて、一度か二度。

 そんな戦い方に、勝ち目はない。

 ましてや、直接あの大剣を受け止めることなんか不可能だ。

 まるで次元の違う力。

 空気すらすりつぶして押し寄せる剣圧。

 本当に厄介な状況だ。

 取る手立てが、こんなにも少ないなんて。

 それも、一番有効な手は、おそらく。

 一番、死ぬの危険性が高い。

 やるしか、ないのだけれど。

 目隠しをして、自分で刃物を自身の手首にあてている、そんな感覚がした。

 その刃が、潰れているかいないかは、運次第。

 それ以上は踏み込んではいけないという、本能的な枷。

 ぴくり、と相手の手が反応する。

 どのタイミングが一番良いかなんてわからない。

 当たりのないアミダで、命のやり取りをしているよう。

 つぅ、と心の中にある刃物を握る手に、力を込める。

 どんな奇跡が起こればこの刃物から命を守ることが出来るだろうか。

 一生分の運は、もう使い果たしているはずだから、これ以上は期待できないけれど。

 はぁ、と一度大きくため息をついて、苦笑い。

 それをどうとらえたのか、一際大きく鰐の口が裂けた。

 動かない手に、力を込めた。

 そして僕は、覚悟を、決めた。 


 SIDE OUT

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