憧れの騎士様の告白は「僕は貴女に踏まれたい!」でした
一部、改稿しました。
おお、神よ。
憧れの人がいます。誰より素敵な騎士様です。
その憧れの騎士ルーク様に『君に大事な話がある』と呼び出されたのですから、私は弾む足取りでその場所に向かいました。ええ、はい。正直なところ期待していました。でもその状況じゃ、仕方がないんじゃないでしょうか!?
なのに彼が口にしたのは、まったく予想外の告白だったのです。
期待に胸を膨らませていた私に、ルーク様は言いました。
「僕は貴女に踏まれたい!」
「はい、よろこ……はい!?」
……神よ、私はどうすればいいのでしょうか!?
* * * * *
「見て。ソフィア様が祈りを捧げていらっしゃるわ」
「まあ、本当。真剣なお顔」
「きっと今日も民の安寧を願っているのね。ソフィア様のことですもの」
違います。
聞こえてきた囁き声に、私は即座に訂正を入れたくなりました。
確かに私ソフィアは、敬虔な神のしもべであると自負しております。いつもの私であれば、この朝の礼拝時には国や民を思い祈りを捧げていたでしょう。
けれど、今日ばかりは違います。
踏むべきか!?
踏まざるべきか!?
この早朝から私の頭を占めているのは、ただそれだけだったのです。
おお、神よ。
その御手により運命を編み上げる、偉大なる御方よ。
告白された後の記憶が曖昧です。あまりにも衝撃的なことを言われたせいで、記憶が混濁しているのかもしれません。
とにかく『す、少し考えさせてくださいぃぃー』と半泣きで走り去ったのは確かですが、それ以外の記憶がろくにありません。
いえ、ひとつ訂正しますと『喜んで!』と危うく答えかけたことはしっかり記憶しております。
それは私が変態だからではなく、返事を用意してあの場に臨んだからに他なりません。重ねて言いますが、私が変態だからではありません。
私が用意していた返事はもちろん、告白される前提の了承一択。
今思えばかなりの痛々しさですが、恋する乙女の脳内などそんなものではないでしょうか!? 許されてしかるべきだと思います。
……なんだか思考がひどく取っちらかってまいりました。
あの方に思わぬ告白をされてから、私はずっと混乱の最中です。
* * * * *
ここで少し、昨日までのお話をいたしましょう。
勇者によって邪竜が倒されたのは、今から約1年前のことでした。
……いえ、その辺りのことに詳しい説明はいりませんね。汚された国土を浄化するため、聖女と騎士で構成された浄化遠征隊が結成されたことは神もよくご存じのことと思います。
光栄なことにこの私、ソフィアも遠征隊として派遣されることになりました。
遠征隊に選ばれたことは大変な名誉です。
ただ、正直に告白すれば……それは決して楽な旅ではありませんでした。慣れない長旅で身も心も疲れ果て、挫けそうになることもございました。
けれどそんな大変な状況下で、ずっと私を支え続けてくれたのがルーク様です。危険な目にあった際には身を呈して庇ってくれた彼に、私が惹かれてしまったのはごく自然なことなのではないでしょうか。
時に問題は起こりつつも、私達は皆で協力し合い、昨日無事にこの王都へと帰還することができました。
そして安堵したのも束の間……私はルーク様から、あの衝撃の告白を受けたのです。
* * * * *
早朝の祈りを終えた後、私は忙しく働き出しました。
そういえば、旅の途中で回収してきたあの呪具はどうなったでしょうか。私を庇ってくれたルーク様が身代わりで呪いを受けたように見えたのですが、幸いにも呪いが発動することはありませんでした。
ただ、少し気になることがあります。稀にですが『発動条件付きの呪具』も存在するのだと、前に聞いたことがあるのです。昨日のうちに扱いが得意な聖女に託しましたが、その辺りは後で確認しに行かなければなりません。大切なあの方に、何かあっては嫌ですから。
そうしてあれこれ忙しなくしているうちに、昼の休息時間となりました。
読書をしたり部屋で体を休めたりする聖女が多い中、私はもちろん礼拝堂へ一直線です。
何だか祈ってばかりですが、それも致し方ありません。
今の私はたいへんに切羽詰まっております。悩み過ぎて禿げそうな勢いです。
他の聖女に相談できたら良かったのですが、ルーク様の名誉のためにもそんなことはできません。となるともう、神に縋るしかないではないですか!
私は祭壇前の最前列に、かぶりつきで陣取りました。
おお、神よ。
星々を巡らせ──余裕がないため以下略としますが、許したまえ神よ。
ルーク様は誠実な性格であるが故に、他の人より貧乏くじを引きがちです。
宿屋の夫婦が殴り合いのケンカをしていた時など、なぜか仲裁に入ったルーク様が二人から罵られる事態となったこともございました。
私を呪具から庇ったことだって、本来ルーク様には何の落ち度もなかったのです。
地中に埋もれていたそれに気づかず、踏むという失態を犯したのはこの私です。
呪具から解放された呪いは、一番近くにいる者に向かいます。つまり触れた当人が受けるのが常であり、今回であればこの私が呪いを受けるはずでした。
けれどルーク様はその身を挺し、私を庇って下さったのです。ご自身が呪われるのも顧みないままに……!
その時のことを思い出し、私は両手で自分の顔を覆いました。
ああ、私はなんと恩知らずな人間なのでしょうか。
それにルーク様の昨日の告白だって、きっとものすごく勇気がいったに違いありません。
なのに私は、あの方を置き去りにして逃げ出してしまったなんて……! 去り際にちらりと見たルーク様の顔は、絶望に染まっていました。思い出すだけでズキリと胸が痛みます。
そこまであの方が踏まれたいと望んでいるなら、私は踏んで差し上げるべきではないでしょうか!?
いいえ、いっそ恩知らずな私こそ、踏まれるべきではないでしょうか!?
「ソフィア」
「きゃあぁっ」
一心不乱に考えていたところで名を呼ばれ、私は悲鳴を上げました。
「ちょっと、何をそんなに驚いているの?」
声を掛けて来たのは、イザベラ様でした。イザベラ様は、私が見習い聖女の時に指導役を担ってくれた優秀な聖女様です。
「すすすすみません、イザベラ様! ……と、ルーク、様」
イザベラ様の後ろには、ルーク様が控えていらっしゃいました。イザベラ様に伴われて来たのでしょう。彼は私の様子を窺うように、なんだか遠慮がちにしています。
「私に御用でしょうか」
「御用でしょうか、じゃないわ。ダメじゃないの、ソフィア」
イザベラ様は常に穏やかな方ですが、今は何だか怒っていらっしゃるようです。
「あ、あの、私が何か?」
「いつも仕事熱心な貴女が、ルーク様の呪いも解かずに放っておくなんてどういうことなの? しかも聞いた話じゃ、ルーク様は貴女を庇って呪われたのだと言うじゃない」
「えっ」
驚きのあまり、私の口から声が出ました。
呪われていた? ルーク様が?
「で、でも、呪いの色は見えませんが……」
「それはそうよ。さっき、私が解呪したのだもの」
私はひどく混乱しました。だって本当に、旅の間ルーク様に呪いが発動することなんてなかったのです。
私だって聖女のはしくれ、呪いが発動した時にはその色がうっすらと見えるのでわかります。ルーク様が呪いを受けてから丸2ヵ月も一緒にいて、気づかなかったはずがありません。
でももし呪われていたのだとしたら、呪いは昨日発動した? まさか、昨日のルーク様は……いえ、そんな。
私が困惑していると、イザベラ様は説明をしてくださいました。
「あなたが持って帰った呪具は、条件を満たすことで呪いが発動するのよ」
「えっ」
まさかあれが、正に私が危惧していた発動条件付きの呪具だったというのでしょうか。知識として知ってはいても、実際に見たことはなかったので気づきませんでした。
「呪具の呪いは、その場で発動するものが多いのだけどね。あの呪具は、男性に振られた魔女が腹いせのために各地にバラまいたものだったみたい。だから『好きな人に告白しようとすると、嫌われそうなことを口走ってしまう』呪いがかけられていたの。自分だけ振られるのが癪だから、振られる仲間を増やしたかったのね、きっと」
「まあ!」
そのふざけた理由を聞いて、私は無性に腹が立ってしまいました。
そんなもの、ルーク様には何の関係もないじゃないですか!
こんなところでもまたルーク様は貧乏くじです。あんまりです。……引かせたのは私ですが。
「そんな魔女は絶対に許せません! 好きな人に告白しようとすると、嫌われそうなことを……く……口走って……?」
あら?
言っている途中で、私はぐるん!と音がしそうな勢いでルーク様の方を向きました。私と目が合ったとたん、ルーク様の顔が見る間に赤く染まっていきます。
「……そんなに見ないでください、ソフィア様」
その反応からルーク様の気持ちを確信した瞬間、今度は私の顔が一気に熱くなりました。きっとこれでは、ルーク様に負けず劣らず赤くなっているに違いありません。
「あらあら、やっぱり……!」
私達の様子を見たイザベラ様は、とても嬉しそうな声を上げました。
普段はとても落ち着いたイザベラ様ですが、意外にも彼女は恋のお話が大好きです。『聖女は恋愛禁止ではないのだから、どんどん恋をなさい』と周りにふっかけるほどの推奨派です。
何でしょうか。私の気持ちは神だけではなく、イザベラ様にも駄々洩れだったというのでしょうか。
目を輝かせているイザベラ様の前では恥ずかしかったのですが、私はルーク様へと声を掛けました。
「あ、あの、ルーク様。昨日おっしゃっていたことはつまり……」
「呪いのせいです。本当に、貴女にはとんでもないことを言ってしまって」
おお、神よ!
私は心の底から神に感謝を捧げました。
私に踏まれたいというのはルーク様の願望ではなかったのです……! なんと喜ばしいことでしょうか。
「決してソフィア様を不快にさせるつもりはなかったんです。申し訳ありません」
「そんな、謝らないでください! そもそもルーク様が呪われてしまったのは、私を庇って下さったせいなのですから。でも、どうして嫌われる言葉が『踏まれたい』だったんでしょうか?」
私は不思議に思って訊きました。嫌われるためなら『バカ』とか『ブス』とか、もっと悪口っぽいことを言い出す方が自然な気がしたのです。
「ああ。それは、貴女が以前言っていたからですよ」
「えっ、私そんなこと言いました?」
「はい。浄化の旅の間に、一度夫婦ゲンカを止めたことがあったでしょう? その時、貴女とメイさんが話していたんです。覚えていませんか」
夫婦ゲンカを止めた時? そう聞いて、ぼんやりと私の記憶が蘇ってきました。あの時は確か、旅に随行していた見習いのメイがおかしなことを言い出したのです。
『ねえソフィア様。あの旦那さん、奥さんに殴られてた時ちょっと嬉しそうじゃなかった?』
『ええっ!? ま、まさかそういう……』
『そうかも』
『嫌です、そんな人!』
確かそんな感じの会話を交わした気がします。
なるほど。ルーク様があれを聞いていたなら、そういう方向性のセリフを選んだとしても不思議はありません。
……それにしても、誤解が解けた今考えるとちょっと危ないところでした。イザベラ様が来て下さらなければ、私はとんでもない決意を固める寸前だったのです。
「誤解だと知れて良かったです。もう少しで私、ルーク様を踏む決意を固めるところでした」
「いえ、貴女の気が済むなら本当に踏んでください」
「えっ!」
なぜそうなるのでしょうか!?
本気で意味がわかりません。だって呪われた元凶はどう考えても私です。しかも呪いの発動にも気づかず、ルーク様を置いて逃げたのも私です。
「だったら私の方こそ踏まれるべきでは!?」
「いえ、僕が踏まれるべきです!」
「いいえ、私が!」
「あなた達、なんの話をしているの!?」
それまで嬉しそうに成り行きを見守っていたイザベラ様が、悲鳴のような声を上げました。『愛の告白はどうなったの!?』と叫んでいますが、この決着をつけねば愛の告白どころではありません。
踏むべきか踏まれるべきか。互いに一歩も譲らぬ私達はそれはもう揉めに揉め、ついにはイザベラ様に、
「どちらが踏まれるべきだと思いますか!? それとも二人そろって踏まれるべきですか!?」
と判断を仰ぎ、青ざめたイザベラ様が『私は踏みませんよ!? 踏みませんからね!?』と逃げて行ったところで、どうにか妥協点を見つけました。このままでは埒が明かないので仕方がありません。
「わ、わかりました、ルーク様。それでは、どちらかが浮気をしたら遠慮なく踏んづけるということで!」
「はい、望むところです!……でもこの条件だと、僕が踏まれることは生涯なさそうですね」
「えっ」
ごくさらりと告げられた『生涯』という言葉に、私は顔から火を吹くんじゃないかと思いました。
生涯って、一生そばにいるって宣言ですか!? ルーク様が、こんな熱烈なことを言う方だったとは意外です。
「……でも、ちょっとだけ残念かな」
「やはりそういうご趣味が!?」
ルーク様の言葉で私が挙動不審になると、彼は肩を揺らして笑い出しました。
「すみません、冗談ですよ。……でも本当に、僕は貴女になら何をされても良いような気がしてきました」
「ええっ!?」
神よ、私はどうすれば良いのでしょうか!? 今日から踏む練習を始めるべきでしょうか!?
私の内心の混乱も知らず、ルーク様は楽し気に笑っています。まるで、私のこんな反応を見ることすら嬉しいとでもいうように。
この先、私達が踏むか踏まれるか。あるいは、一生踏まずに終われるか。
おお、それは神のみぞ知る──。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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