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残像の家-間宮響子-

作者: 江渡由太郎 原案:J・みきんど
掲載日:2026/03/07

 その家には、時間が死んだまま残っていた。


 霊能力者・間宮響子がその依頼を受けたのは、雨の夜だった。

 依頼人は中年の夫婦――失踪した青年の両親。

「息子を……助けてください」


 父親は深く頭を下げた。


 青年の名前は高城拓海。二十五歳。

 彼は人気の“廃墟ユーチューバー”だった。

 再生回数は数百万。危険な廃墟へ入り、恐怖を実況する動画で人気を集めていた。


 だが三週間前、一本の動画を最後に――彼は消えた。

 その動画のタイトルは、『絶対に入ってはいけない家』。

 場所は、山奥にある古い民家。 通称――「残像の家」。


「警察は……家出だと言いました。でも……」


 母親は震える声で言った。

「息子から、あの日……電話があったんです」


 彼女はスマホを差し出した。

 録音データが残っていた。

 再生する。

 ザー……というノイズ。

 暗い家の軋む音。

 そして、拓海の声。


『……この家、変なんだよ……』


 笑い声のような息。


『家具も……食器も……全部そのままなんだ。まるで……』


 そこで彼の声が震えた。


『今も……誰かが住んでるみたいなんだ』


 沈黙。

 その後。

 小さく、別の声が入った。

 女の声。


『おかえり』


 録音はそこで終わっていた。


 響子は目を閉じた。

 霊の気配が、音の奥にこびりついている。

 重い。粘つくような怨念。


 それは――

 家そのものだった。



 二日後。

 響子はその廃墟へ向かった。


 山の奥。

 杉林の中に、古い日本家屋がぽつんと立っている。

 異様だった。

 窓は割れていない。

 壁も崩れていない。


 だが――

 人の気配だけが腐っている。


 門をくぐった瞬間、響子の背筋が冷えた。

 霊がいる。

 しかも一体ではない。

 家の中に――

 何十人も。


 玄関の戸を開ける。

 ギィィ……。

 靴箱。

 古い靴。

 子供の長靴。

 新聞。

 カレンダー。

 止まっている日付。

 1998年 7月15日。


 その日から、この家の時間は動いていない。

 居間に入る。

 テーブル。

 食器。

 茶碗。

 味噌汁の椀。


 そして――

 腐った料理。

 響子は理解した。

 この家は、「あの日」を繰り返している。

 人間の生活の“残像”。

 それに囚われた霊たち。


 そして。

 廊下の奥。

 小さく声がした。


「……助けて」


 響子は振り向いた。

 そこに、 拓海が立っていた。

 顔は青白く、目の下に深い影。

 服は動画撮影のまま。


「……誰ですか?」


 かすれた声。


「私は間宮響子、霊能力者よ。あなたのご両親から依頼を受けて助けに来たの」


「助けて……ください」


 響子は眉をひそめた。

 彼の背後に、無数の影が立っていた。

 家族。

 母。

 父。

 子供。

 老人。

 みな無表情で拓海を見ている。


 そして、同時に言った。


「おかえり」


 拓海が震えた。


「違う……! 俺は……!」


 影の一人が前に出た。


 長い髪の女。


 笑顔。


「あなたはもう、ここに住んでるのよ」


 響子は霊視を開いた。

 そして理解した。

 この家の家族は、二十八年前――

 一家心中した。


 だが。

 死んだ彼らは、死を理解できなかった。

 だから、生活を続けている。


 毎日。

 同じ食事。

 同じ会話。

 同じ夜。

 そして――

 足りない“家族”を探している。

 拓海は、その穴を埋めるために――捕まった。


「助けてください……」


 拓海は泣いていた。


「毎日……飯食わされるんです……」


「家族の席に……座らされる……」


「逃げようとすると……」


 彼は振り向いた。

 背後の霊たち。

 全員が笑っている。


「怒るんです」


 女が言った。


「家族は、離れちゃダメ」


 響子は霊符を取り出した。


「拓海さん。今からここを出ます」


 霊符を床に貼る。

 家の空気が震えた。

 霊たちの顔が歪む。


「ダメ」

「ダメ」

「ダメ」

「ダメ」


 家が軋んだ。

 壁が軋む。

 畳がうねる。


 まるで、家が怒っている。

 響子は拓海の腕を掴んだ。


「走るわよ!」


 玄関へ向かう。


 だが。

 廊下が伸びた。

 長い。

 異様に長い。

 玄関が遠い。

 背後で声が響く。


「お父さん」

「お母さん」

「お兄ちゃん」

「帰ってきて」


 振り向いた拓海が、止まった。


 涙を流していた。


「……あの人たち」


 響子が叫ぶ。


「見ちゃダメ!」


 だが遅かった。 霊の家族が微笑む。


「お兄ちゃん」


 小さな少女が手を差し出す。


「ご飯できたよ」


 拓海の顔から、恐怖が消えた。

 代わりに――安心した笑顔が浮かんだ。


「ああ……」


 彼は言った。

「俺……帰ってきたんだ」


 響子は霊符を投げた。

 光が弾ける。

 霊たちが悲鳴を上げる。


 だが――拓海はもう動かなかった。

 彼は家族の席に座った。

 母が味噌汁を差し出す。


「おかえり」


 拓海は笑った。


「ただいま」



 次の瞬間。 響子は外に弾き出されていた。

 玄関の外。

 静かな山。

 家は沈黙している。

 霊視を開く。

 中が見える。

 食卓。

 家族。

 七人。

 その中に、八人目の席。


 そこに――

 拓海が座っていた。

 笑顔で。

 家族と同じ顔で。


 響子は理解した。

 もう助けられない。

 家は、彼を記憶に取り込んだ。

 残像の一部として。




 一週間後。

 拓海の動画チャンネルに、新しい動画が投稿された。

 タイトルは『廃墟で家族が増えました』。


 再生すると、暗い家の中。

 食卓。

 カメラがゆっくり回る。


 そして、拓海が笑っている。


「今日は……家族を紹介します」

 カメラが回る。

 父。

 母。

 少女。

 老人。

 全員が笑っている。


 最後に、カメラが視聴者へ向く。


 拓海が言った。


「次は――」


 静かな声。


「あなたの席です」


 動画はそこで終わる。


 だが。

 奇妙なことが起きている。

 コメント欄。

 そこに、同じ書き込みが増え続けている。

 何千件も。

 同じ言葉。


「ただいま」


 そして、誰かが返信している。

 たった一言。


「おかえり」



 ――(完)――

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