お友達になりたいのは私だけだったようです
ヴィスセンティ王都公立学園にて――――
「酷いです!私はただメルティナ様とお友達になりたかっただけですのに‥‥!」
うるうると目に涙をためて言い募るミュリシア・ポルレット男爵令嬢。隣のフィリオ第一王子がすかさずミュリシアを抱きとめた。
なぜこんな状況になっているか、この場にいる生徒たちのほとんどはポカンとしている。
人垣の中心にいるメルティナ・ヴィルクリート侯爵令嬢は正確に状況を把握していた。学内で寄り添うミュリシアとフィリオに一秒半にわたり視線をよこしたら「睨んできた」と言ったのだ。フィリオはメルティナの婚約者であるからこそ見かけて目に止めるのは当然のこと。そこからあれよあれよと「メルティナ様が酷い!」と言い出す展開となった。
「大丈夫だミュリー、私が君を守る。おい!メルティナ!君のような女と仲良くなろうとしたミュリーの気持ちを踏みにじりやがって!」
「いいのよリオ。私なんて男爵令嬢ごときが、メルティナ様と親しくなれるはずなかったんだわ。私が馬鹿だったの、学園は身分を問わない学び舎だなんて言葉を真に受けて―――」
「違う!ミュリーは何も悪くない!悪いのはメルティナだ!おい、メルティナ!少しはミュリーに歩み寄ったらどうなんだ!」
「歩み寄り‥‥ですか?」
ふむ。言葉の通じない二人の、ただでさえ理解不能な言い分にそれでも根気よく耳を傾けるメルティナはふと考え込んだ。その間、三秒。この学園随一の頭脳を持つ侯爵家の長女、メルティナをもってしても三秒の間に最適解は浮かばなかった。
「それではお伺いしますが、ポレット男爵令嬢のお考えになる”お友達”とは、具体的にどんなものですの?」
「そんなことも言わねば分からぬのか!」
「殿下は黙っていてくださいな。ポレット男爵令嬢のお考えを聞きたくはありませんの?」「ぐっ」
「あの、私は特別なことを望んでいるのではありません。お友達と言えばふつうのお友達ですわ」
「たとえば?」
「たとえば‥‥そう、お友達は一緒にいるだけで楽しい気持ちになりますでしょう?それから‥‥お互いの良い所を褒め合ったり、何でもない日にも贈り物を贈りあったりしますよね。それに常に対等な関係で、身分や肩書で遠慮しないとことも大切です」
いかがですか?参考になりましたか?メルティナ様にも早く本当のお友達ができると良いですね!
‥‥と、ミュリシアが言えば「そうだそうだ!」とフィリオがそこに迎合し、なんやかんやと騒いだあげく挨拶もせず二人は場を去った。
その後には戸惑った様子の級友たちと、思案顔のメルティナ侯爵令嬢が残されたのであった。
―――ふむ。なるほど、お友達ね。
+++++++
侯爵家長女メルティナは跡取り娘の名に恥じぬよう常に自己研鑽を積んでいる。
分からないことがあれば人に聞き、調べ、仮説を立てて実行する。
常に行動し、試し、誤りがあれば修正する。すでに領地経営の大部分に携わるメルティナの行動規範は私生活にも遺憾なく発揮された。
「お友達になる」「本当のお友達」という命題を、ポレット男爵令嬢はメルティナに与えた。
与えられた課題はクリアせねばならぬだろう。たとえそれが一見して取るに足らないものであったとしても、できないまま放置するのはメルティナの主義に反するのだ。
こうして侯爵令嬢メルティナはミュリシアと「お友達」になるためのプロセスを開始した。
++++++
「ポレット男爵令嬢、ごきげんよう。今お時間宜しいですか?」
「あっ、メルティナ様‥‥。あの、私が何かしてしまいましたか?」
「いいえ、貴方様が何かしてしまった事実はございませんわ」
「そ、そうですか‥‥。怖いお顔をしてらしたから、てっきり私、叱られるのだと思って‥‥。」
「そうですか、ポレット男爵令嬢ともあろう方が、思い違いでしたね。ところで、」
会話の主導権を握らせぬメルティナに、ミュリシアの内心は((なんなのよ‥‥!))と誤作動を起こした。
「ところで、今の会話にありましたようにポレット男爵令嬢はご自身の疑問をきちんと言葉で表現される点が素晴らしいと思いますわ。」
「えっ」
「このように会話の中で疑問を解消しませんで、後々相手がいないところで、たとえば『メルティナ様に叱られそうで怖かった』‥‥などと仰られては単なる陰口になってしまいますからね、きちんと面と向かって当事者同士で解決することは重要なことですわ。」
「そ、そうですか」
そっくりそのままの台詞を日ごろフィリオに言い募っていたミュリシアは、とっさに返す言葉を失った。
「それからきちんと相手の発言に耳を傾けられる点も代えがたい長所だと思いますわ。褒めたはずが『遠まわしに嫌味を言われた』などと捻じ曲げて捉えるのは貴族ならば珍しいことではございませんが、ポレット男爵令嬢はそのように穿った捉え方はなさらないでしょうからお心の美しい方だとお見受けしますわ」
「そ、そうですね‥‥?」
「はい」
「‥‥」
「‥‥」
切り返す言葉が見つからぬミュリシアと急に黙ったメルティナの間に沈黙が落ちる。じっ、とミュリシアを見つめるメルティナの様子に、その意図が読めないミュリシアが焦れる。
「‥‥私も、ポレット男爵令嬢に褒めていただけるような人間になれるよう、精進しますわ」
「えっ‥‥!?」
それきり言うべきことは言ったとばかりにメルティナは一礼して去っていった。こうして『良い所を褒め合う』ミッションは、メルティナの一方通行で幕切れとなった。
+++++++
「ごきげんよう、ポレット男爵令嬢」
「!」
「なんだメルティナ、またミュリシアを虐めるつもりか!」
「いえ、フィリオ第一殿下が今仰った事実はございません。とつぜんの申出で恐れ入りますが、ご提案がございますの。私たちが『お友達』に近づくために互いに『贈り物を贈りあう』のはいかがでしょうか」
「贈り物‥‥ですか?」
あのミュリシアの『お友達』談義からまだ三日しか経っていないのだがミュリシア自身は自分が言ったことなど正確には覚えていない。そんなことを言っただろうか、と思いつつ侯爵令嬢が物をくれるのならば貰うまでだ。
「私の解釈では『お友達同士』の『贈り物』とは、経済的価値を競い合う物ではなくその選んだ物の内実や選定の過程にこそ意義があるのかと存じます。ですからポレット男爵令嬢が無理に高価な品物を準備する必要はございません。貴方様にとって身近な物で、お友達に贈りたい物を選んでいただければ」
メルティナの台詞が三行に及んだためミュリシアとフィリオの脳は処理に時間を要している。
やや間があって「お前は金をかけても良いが、ミュリシアは金をかける必要はないという意味か?」とフィリオがまとめ「さようでございます」とメルティナが応じるとやっとミュリシアも話の意図を理解した。なお、第一王子フィリオは読解能力が少々覚束ないものの、長年の婚約期間によってメルティナの言葉を標準的な精度で理解できている。
「えっと‥‥私は何でも良いから一つプレゼントを準備すればいいんですね。」
「はい、交換は一週間後の昼休みでいかがでしょうか。」
「分かりました!私、頑張りますから!」
「ありがとう存じます」
「なんて健気なんだミュリシア!おい、メルティナ!つまらない物をよこしてきたら私が黙ってないからな!」
メルティナは自身の提案が受け入れられてホッとした。なお、第一王子フィリオの発言は優先度が低いため、脳内記憶のバックグラウンドの端の端にのみ記録されている。
そして一週間後―――――。
「メルティナ様!どうぞ受け取ってください、クッキーです!私が作りました!」
手作りですよ!と、ミュリシアは胸を張った。「私が作った」と「手作り」は意味に重複があるとメルティナの脳は理解したが、彼女の脳内フィルターからはそっと弾かれた。
「どうもありがとうございます。私からはこちらを」
「?なんだ?」 フィリオが覗き込む
「髪留めです。使用された絹織は侯爵領の筆頭産業です。意匠はその北部伝来のものです。お気に召すか分かりませんがお納めください」
「まぁ、ありがとうございます!」
自宅で作ったクッキーがシルク刺繍のバレッタに化けてミュリシアは素直に喜んだ。およそ十日前のミュリシアも高価な物への交換を期待して『贈り合い』を挙げたのだった。そんなことは本人も覚えていないが。
「‥‥メルティナ様がくださった贈り物と比べたら、私の贈り物なんて取るに足らない物ですよね‥‥」
謙遜とマウントを織り込んだ返しも忘れないミュリシア。
「取るに足らない、というのは的確な表現ではございませんわ。私はミュリシア様の贈り物に感謝しております。『何でもない日』に相手を思いやって贈った品物に『足らない』という表現を加えることは物事を適切に捉えた描写とは言えませんでしょう」
メルティナがまたもや長台詞を繰り出したことでミュリシアの心は引き気味で曖昧に笑うより他なかった。フィリオが「御託はいらん!ミュリシアの素晴らしい贈り物にせいぜい感謝しろ!」と投げやりに纏めて場がお開きとなった。
「どうだミュリー。あいつは君への態度を改める気はあるようだな。私が居る限り君をぞんざいには扱わせない。結婚したって私の真実の愛は君にある。あいつとは白い結婚にするから安心して欲しい」
なお、フィリオは第一王子でありながら凡庸あるいはそれ以下であるため侯爵家に婿入り予定だ。フィリオはミュリシアに、商家が客に配る『お客様のために精一杯努力します』と書かれたパンフレットよりペラッペラな台詞を垂れ流し続けた。
その傍らでミュリシアの心の中には腑に落ちない何かが渦巻く。高い装飾品をもらえてラッキー、と素直に喜べない不穏な気配をミュリシアの直感が伝えていた。
++++++
次の日、ミュリシアはメルティナから贈られたバレッタで薄茶の髪を纏めた。高級感のある滑らかな生地はミュリシアには手が出ない一品だ。ミュリシアのミルクティーのようなふんわりとした巻き毛によく似合っている。
正直、贈り物のセンスはフィリオよりメルティナの方が数段上と思わざるをえなかったい。ミュリシアは日ごろ、どこか野暮ったい装飾品をフィリオから受け取っては「ワー嬉しい、こんなの初めてー」とワンパターンのリアクションだ。フィリオは毎度にわたり満足げであるが。
「あら、あれは‥‥」
「ねぇ、今のって‥‥」
正門から登校したミュリシアをチラチラと眺める者達があり、ミュリシアは怪訝に思った
一体なんだと言うのだろう。こんな時に気軽に問いかける同性の友達というものをミュリシアは作っていない。しかし確認せずには落ち着かないと、手近なクラスメイトの令嬢達に尋ねることにした。
「‥‥あのぉ、教えていただきたいんですが‥‥」
「あら、ごきげんよう、ポレット男爵令嬢。今日はヴィルクリート侯爵家の意匠を身に付けていらっしゃるのですね。お屋敷に置いていただけることになりましたの?」
どんな地位として、とは敢えて言わなかった。男爵令嬢が侯爵家の縁者として置かれるとすれば侍女か、その見習いか、あるいは愛人か。
「え?どういう意味ですか?」
「その髪飾り、良くお似合いですわ。侯爵家の家紋から剣の三本線を引いたこの意匠は侯爵家の縁者にしか与えられないものでしてよ。」
「いしょう、ってこの模様が‥‥?」
「えぇ、良かったですわね。次期公爵のご婚約者であらせられる第一王子殿下と触れ合っていらしたから。侯爵家にいつ排除されるものかと心配しておりましたのよ。」「ねぇ」「私たち、恐ろしくて近寄れませんでしたの」
侯爵家にプチっと葬られる危険性を微塵も理解していなかったミュリシアは、令嬢たちが何に安心しているのか話を読めていない。
侯爵家が直接手を出さずとも、連なる家々が害を為すことも十分にあり得た。メルティナはそれらの危機を効果的に回避するアイテムをミュリシアに授けたのだが、その温情を理解するミュリシアでも、有難がるミュリシアでもなかった。
((なんだかバカにされてる気がするわ‥‥。格下扱いされているのね))
扱いもなにも、格下そのものであるが。
ぶるぶると怒りにわななくミュリシアであった。
+++++++
「ごきげんよう、ポレット男爵令嬢」
「!メルティナ様!」
「私、ポレット男爵令嬢よりお言葉を頂戴して以来、『対等な関係』を築くために何をすべきか検討しておりました。いくつかの決定事項がございますのでお聞かせしても宜しいですか?」
「え?何よ、何なのよ!」
「ありがとう存じます。それでは、」
「ポレット男爵領から購入していた農産物の価格を他領からの仕入れと同等の価格に見直すことにしましたの。従来の取引価格は四十年前に男爵領で発生した水害の見舞を兼ねて相場より大幅に高く設定されておりました。」
「え‥‥?」
「仕入れ値については侯爵家内でも折に触れて議題に上っていたのですわ。ですが男爵領の生産規模とそちらの領民の生活水準に鑑みて毎度毎度先送りにしておりました。そちらにとって私どもの取引が主要な収入源であるのは存じておりましたから。先日改めて調査しましたら我々の年間取引額が減じてもそちらの領が困窮する程度ではないとの試算がとれましたので。」
『身分や肩書で遠慮しない』ことにしたのですわ。それに段階的に変更しますからご安心を‥‥と、メルティナが締めくくると、五行にもわたった言葉の意味を理解するのにミュリシアの思考はショートしている。しかも凶事を慶事のように語る独特の言い回しををするものだからミュリシアの単純な脳は完全停止した。
「ポレット男爵令嬢には大変貴重な言葉を頂戴しました。心より感謝しておりますわ。私たち、これで『お友達』に一歩近づけましたわね」
そう言って、メルティナが微笑む。ミュリシアに向けた、初めての笑顔であった。なお、この日のフィリオは腹痛で欠席。彼は肝心な時にヒロインを守れないタイプの男なのだ。
メルティナは優雅に一礼すると次の授業の準備にとりかかった。上級者クラスは予習の量が多いのだ。五分刻みでセットされたメルティナの動きには今日も狂いがない。
そして後には、呆然自失としたミュリシアだけが残された――――。
+++++++
ヴィルクリート侯爵家にて――――。
「おい、メルティナ!貴様、ミュリシアにどれだけ嫌がらせをすれば気が済むんだ!!」
「ごきげんよう殿下。そして嫌がらせをしたという事実はありませんし私の気が済むか済まないかは一度たりとも問題になっておりませんわ」
「はぁ!?貴様、あれだけのことをしておいて、まだ気が済まないと言うのか!!!」
「殿下、私は気が済まないと申し上げてはおりませんし殿下のお耳がそのように知覚されたのであれば訂正させていただきますわ。」
「ごちゃごちゃ言うな!お前のような可愛げのない女と結婚するだなんて身の毛がよだつ!いいか、生涯俺からの愛を得られると思うなよ!」
「殿下の愛を得ようとしたことはございませんし、今後もその予定はございません。」
「ハッ、強がりか。」
フィリオは一段、声を低くした。
「いいか、後継者は作ってやる。それだけだ。それ以外でお前と閨を共にすることはない」
「まぁ、そんなこと‥‥」
突如として閨の話題にふれたフィリオに、メルティナは珍しく意表を突かれた。
そろそろフィリオの口からこの件について確認されると予想していたが、昼下がりのティータイムに不似合いな話題だ。
「私がフィリオ第一殿下との閨を所望した事実はございませんわ。今までも、これからも」
「ハッ、何をいう。ヴィルクリートの後継者を産むのがお前の役目だろう?どれだけ男の真似事をして働いたとて子を産まねば誹りを受けるのはお前だ!」
「えぇ、そうですわ。ですから後継者を作れない殿下に代わる者も既に選定済みですの」
「なんだって!???」
「殿下は、後継者を作ることができないと申しました。これは婚約時に当家と王が交わした契約に含まれる事柄ですわ。殿下がお役目を果たせないときは、代わる者を召し上げると。」
第一王子でありながら凡庸もしくはそれ未満のフィリオ。王となる才覚がないことは早々に分かっていた。側妃の子であるからとの建前で立太子を見送られ。そして幼いころから癇癪持ちであったフィリオを引き取らせるため、王は現実的な譲歩をせざるを得なかった。
ヴィルクリート家の後継者は血筋に拘らないものとすること。婚姻の時点でフィリオの継承権を剥奪すること。それにより次世代の揉め事も避けられる。婿に出した王子に権威など必要ない。フィリオを引き取ってもらえるだけでも万々歳だ。侯爵家なら些末な揉め事は起こさせないし、仮に起こっても封じるだけの力がある。
「私は今まで一度も殿下と後継者を作る可能性を考慮したことはございません。幸い殿下はこの国で一番多い色をお持ちですから、生まれてくる子の目と髪が全く異なるというご心配は不要かと。」
暗にそのように差配した、と伝えたのだが果たしてフィリオに伝わったか。
「なっ、そんなこと、私が『不義の子だ』と言えばどうなる!?」
「どうなるかと申しますと、何も起こりませんわ。既に大半の貴族は理解しておりますし、それに本当にそう触れ回るおつもりですか?どんな意義がおありでしょう?」
どんな意義があるのか。
婿でありながら子を為す機会に恵まれなかったと暴露したとして。自らの立場を一層危うくするだけだ。メルティナには意義が見いだせない。
メルティナの唯一の短所は想像力が及ばぬ者の感覚を理解できないことだった。もっともその短所とて、彼女の真の伴侶が補えば足りるのだが。
「‥‥お前には失望した」
ぽつりと言い残してフィリオは席を立った。茶にほとんど手をつけぬまま茶会を辞する。その力ない背中を見送る。
どうやらフィリオは気分を害したようだ。後ほど手紙と贈り物でも持たせるとしよう。謝罪と言う程でもない場面で贈る当たり障りのない品物のリストがメルティナの脳内で処理される。
――――フィリオ殿下ともお友達になれたら良かったかしら。
あれと真に伴侶になることは土台無理な話だ。能力が及ばない。恋愛関係も論外である。だとすれば、気軽に付き合える友人程度なら可能性はあっただろうか。互いを褒め合い、何でもない日に贈り物を贈り合って。
しかし時間こそあったけれど、その機会は一度も訪れなかった。今の関係性が答えなのだろうとメルティナは結論付ける。
「ポレット男爵令嬢が居てくれたら‥‥。」
メルティナにしては珍しく、答えのない問いが独りでに口をつく。
あれでメルティナは彼女を気に入っていた。メルティナの予測の範疇外にある彼女。能力的にはフィリオと同等レベルであるが、常にメルティナの想定通りでしか発言できないフィリオと違いミュリシアは何らかの可能性を秘めている気がするのだ。
一緒にいるだけで楽しい気持ちになる。‥‥そんな予感がする。
子を作れないフィリオは侯爵家の別宅に住む予定でメルティナとは初めから完全別居だ。ミュリシアに関しては、二年に一度様子を見に行く程度の付き合いとすれば良い関係性を築けるだろうし、直情的で庇護欲をそそる彼女はきっとフィリオの心を慰めてくれるだろう。自分だけでは馬車の手配一つできないフィリオが遊び歩くことなど叶わない。ミュリシアがいれば心が慰められるであろうに。
そっと空になったカップをテーブルに乗せ息を吐く。領の為に身を捧ぐ者はいつだって孤独だ。しかし庭園の花々は香しい春風を運びメルティナの心を癒してくれる。
ふむ。
思えば彼女と『お友達』になろうとして二週間ほどしか経っていない。
まだ結論を出すには時期尚早であろう。『お友達』の条件をより具体化するために次なる課題を貰うのもいいかもしれない。そうと決まれば、さっそく週明けに学園で声をかけてみよう。メルティナは今日もトライ&エラーの精神を胸に決意を新たにするのであった。
あと一か月『お友達』プロセスが継続すればミュリシアはなんだかんだで破滅します。
そしてミュリシアの手作りクッキーはメルティナの口に入っていません。ミュリシアは『贈り物を食べる』とは言いませんでしたので。侯爵家の古参のメイド達が「初心者の味だわね!」と言いながら食べてくれました。
ありがとうございました。




