第99話:違和感の持続
白装束が放つ修正の波動と、それに対抗するアルフたちの魔力が激突し、広場の景色は刻一刻と塗り替えられていた。アルフの影の杭が石畳を穿ち、アズライトの斬撃が空気を裂く。その余波で舞い上がる土煙と衝撃波は、立っていることさえ困難なほどの暴風となって吹き荒れている。
その混沌のただ中で、ニコの感覚だけが、ある一点に異様なほど強く引っかかっていた。
侵食されない領域
ニコは、支援の合間にふとアズライトの背後を見た。
「……え?」
そこには、マラカイトがいた。
激しい魔力の衝突によって、彼女の周囲の地面は深く抉れ、石礫が飛び散っている。しかし、マラカイトの足元、彼女の靴が触れているわずか数センチの範囲の砂だけは、この戦いが始まる前と全く同じ、さらさらとした「最初の状態」を保っていた。
風が吹き込み、周囲の塵を巻き上げても、その一画の砂だけは一粒たりとも動かない。まるでそこだけが、世界の干渉を一切受け付けない真空地帯であるかのように。
停止した衣服
さらに、ニコの視線はマラカイトの衣服へと移る。
白装束の放つ衝撃波が広場を駆け抜け、アルフのコートを激しくなびかせ、シエナの髪を乱暴に揺らしている。カレンも、その風圧に耐えるように身を屈めていた。
だが、マラカイトの衣服は揺れていなかった。
風に煽られてから「遅れて動く」のではない。最初から、揺れていなかったことになっているのだ。
凄まじい暴風の中に立ちながら、彼女の裾も、編み込まれた髪も、まるで凍りついた彫像の一部であるかのように静止している。物理法則という名の「取引」が、彼女の周囲でだけ完全に停止していた。
繰り返される「静止画」
ニコは混乱を鎮めるために一度視線を外し、カレンの無事を確認してから、再びマラカイトへと目を戻した。
「……っ」
ニコの心臓が、不気味な高鳴りを上げた。
さっき見た姿と、今見た姿。それが一分の狂いもなく、完全に一致している。
瞬きをするたびに、彼女の立ち位置、手の角度、虚空を見つめる瞳の焦点。そのすべてが、前回の観測時と「同じ記録」を再生しているかのように寸分違わず重なるのだ。
アルフは未来側へ踏み出しすぎて影が遅れ、アズライトは現在を削りすぎて輪郭を失いかけている。誰もが激しく変動し、消耗し、歪んでいくこの戦場において、マラカイトだけが完璧な「同一性」を維持していた。
ニコは、自分の背筋を冷たい汗が流れるのを感じた。
(この人は……戦場に参加していないんじゃない)
ニコの脳裏に、理屈を超えた恐ろしい推測が浮かぶ。
(最初から、戦場の外にいる……?)
彼女は、アズライトという崩壊しそうな資産を支える重しではない。
この激動する因果の流れの中にありながら、彼女だけが、最初から「存在の座標」をどこか別の場所に固定したまま、ここには映像だけを投影しているのではないか。
「マラカイト、さん……。あなた、今、何を見てるんですか?」
ニコの掠れた問いかけは、激しい戦闘音にかき消された。
マラカイトは答えず、ただ「さっきと同じ」微笑みを、何の変化もない表情で浮かべ続けている。
その不気味な停滞の意味を、まだ誰も理解できていなかった。




