第97話 消耗の質が違うと判明
白装束が放つ静かな修正の波動は、広場を物理的に破壊することなく、そこに存在する者たちの根源を確実に削り取っていた。
激しい攻防が続く中、アルフは自分たちの体に起きている異変が、通常の戦闘による疲労とは決定的に異なることに気づく。
存在側の疲労
アルフは次の攻撃への算段を立てようとしたが、思考の歯車が重く、軋むような感覚を覚えた。
筋肉が悲鳴を上げているわけではない。息が切れているわけでもない。ただ、判断を下すまでの時間が、コンマ数秒ずつ確実に遅延している。かつて田中豪として数億の資金を瞬時に動かしていた時のあの冴えが、霧に包まれたように遠のいていく。
「……判断速度が落ちている。市場の動向を読み違えるような、この致命的なラグは何だ」
横で剣を振るアズライトもまた、目に見えて精彩を欠いていた。
彼の豪快な剣筋からは鋭さが消え、ただ惰性で武器を振り回しているように見える。何より異様だったのは、その瞳から「獲物を追う」という執念の火が消えかかっていることだ。
自分がなぜここに立ち、なぜアルフを追っていたのか。その行動理由そのものが摩耗し、砂のように指の間からこぼれ落ちていく。それは感覚の希薄化であり、存在そのものの疲弊だった。
均される魂
「体力が尽きるのではありません。あなた方の存在そのものが、世界の正しい記録へと均されているのです」
白装束の男が、感情を排した声で宣告する。
「個性を削り、動機を消し、静かなる無へと還す。それが我々の行う修正の本質。あなた方は今、自分という物語を維持するための燃料を使い果たそうとしている」
アルフは自分の影を見た。本体から半拍遅れて動くはずの影は、今や一拍近く遅れ、その輪郭も消え入りそうなほど薄くなっている。
違和感の中の停滞
そんな極限の消耗戦の中で、アルフの冷徹な観察眼は一つの「不自然」を捉えた。
マラカイトだ。
彼女はアズライトの背後に控え、時折、形ばかりの魔力を放ってはいるが、戦局に寄与するような大きな活躍は見せていない。しかし、特筆すべきはその様子だった。
アルフやアズライトが膝を突きそうなほど精神を摩耗させている一方で、マラカイトには疲労の色が一切なかった。呼吸は依然として一定のリズムを刻み、肌には一滴の汗も浮かんでいない。
消耗していない。だが、活躍もしない。
「……マラカイト。お前、なぜそんなに平然としていられる。お前の存在は、この修正の影響を受けていないのか?」
アルフの問いに、マラカイトは表情を変えず、ただ静かに答えた。
「私は、お兄ちゃんを支えているだけですから。大丈夫ですよ、アルフさん」
その返答は、どこか空虚で、それでいて不気味なほどの安定感を保っていた。
彼女だけがこの「世界の修正」という暴風域の中で、凪のような静止を保っている。




