第96話 白装束の戦い方が“攻撃ではない”と判明
激突を繰り返すたび、広場の光景は異様な変貌を遂げていた。本来であれば、アルフの影の杭が石畳を砕き、アズライトの豪剣が建物の壁を削り、広場は瓦礫の山と化しているはずだった。しかし、舞い上がる土煙の向こう側でアルフが目にしたのは、整然とした静寂だった。
復元される戦場
「……待て。何かがおかしい」
アルフが動きを止める。
アズライトが力任せに叩きつけた大剣の跡が、瞬時に埋まっていた。砕け散ったはずの石畳が、まるで最初からそうであったかのように隙間なく噛み合い、平坦な道へと戻っている。
それだけではない。
空中に残留していた凄まじい魔力の熱量や、シエナが放った不可視の斬撃の余波さえも、何らかの巨大な力に均されるようにして消えていく。まるで、汚れた帳簿に白い修正液が塗られていくような、不自然なほどの清浄さ。
「倒そうとしていない……?」
アルフの呟きに、アズライトが肩で息をしながら問い返す。
「ああん? 何を言ってやがる。あいつの放つ波動で、俺たちの存在が削られてんだぞ!」
「違う。あいつがやっているのは破壊じゃない。世界の帳尻合わせだ」
アルフは自分の足元を見た。
半拍遅れてついてくるはずの影が、白装束の男が放つ無の波動に触れるたび、無理やり本体の位置へと引き寄せられようとしていた。歪みを正し、遅延を解消し、正規の座標へと押し戻そうとする力。
それは敵意による攻撃ではなく、乱れた世界を元の形に修復しようとする、あまりに強大で無慈悲な自浄作用そのものだった。
監査官の沈黙
白装束の男は、依然として表情一つ変えずに立ち尽くしている。
「我々は、ただ等しく均しているに過ぎません。飛び出した釘を打ち込み、掠れた文字を書き直し、余分な数字を抹消する。それがこの世界の安定を保つための唯一の手段なのです」
男が手をかざすと、広場に漂っていた戦いの匂いまでもが消え失せた。
彼らにとってアルフたちは、倒すべき敵ですらない。ただの不適切な記録であり、修正されるべき誤字に過ぎないのだ。
「……ふざけるな。勝手に俺たちの存在を均してんじゃねえぞ!」
アズライトが再び踏み込もうとした。しかし、その足元の石畳は既に完璧に修復されており、彼の削り取った意志を拒絶するように冷たく光っている。
誰にも気づかれない死角
その時、広場の片隅で異変が起きていた。
白装束が放つ修正の波動は、例外なく広場全体を網羅しているはずだった。波紋のように広がる光が、あらゆる物理的・魔的な歪みを平らにならしていく。
だが、マラカイトが立っている場所だけは違った。
彼女の足元の石畳には、先ほど跳ねた石礫による小さな傷が残ったままになっていた。空中の魔力も、彼女の周囲数センチだけは均されることなく、澱んだまま微かに震えている。
白装束の修正が、そこだけ明らかに弱い。
「……マラカイト、どうした? ぼーっとしてんじゃねえ、援護しろ!」
アズライトの怒鳴り声に、マラカイトは短く「はい、お兄ちゃん」とだけ答え、再び冷徹な魔力を凝縮させた。
その瞬間、彼女の周囲にだけ残された世界の傷跡は、激しい戦闘の影に隠れて誰の目にも留まることはなかった。
「……商談の余地はないようだな。世界が俺たちを消し去るというなら、その監査官ごと、この街の理を買い叩かせてもらう」




