第91話:白装束の役目
交易都市ヴェルトの中央広場。白石で舗装された美しい景観の中で、アルフたちは一人の白装束と対峙していた。それは昨夜のような隠密でも、事務的な観測官でもない。儀礼用の豪奢な法衣を纏い、ただそこに存在するだけで周囲の空気を浄化するような、圧倒的な静寂を纏った男だった。
シエナが即座に間合いを詰めようとしたが、アルフは手制してそれを止めた。今の彼女の、結果が先走る剣では、この男には届かない。直感がそう告げていた。
男は静かに口を開いた。その声には怒りも、蔑みも、正義感さえも含まれていない。ただ淡々と、事実を記帳するだけのような響きだった。
「勘違いをしないでいただきたい。我々は、あなた方を裁くためにここにいるのではありません」
アルフが影の杭を構えたまま、不敵に笑う。
「ほう。じゃあ、わざわざこんな大層な格好をして、商談の邪魔をしに来たのは慈善事業か?」
「我々の役目は、裁定ではありません。流れから外れた出来事を、流れへ戻す者です。ただ、それだけなのです」
男は一歩、アルフたちの方へ歩み寄った。その足取りに合わせて、周囲の住人たちの動きが止まる。いや、止まっているのではない。彼らの存在がこの世界の正常な時間と同調しているのに対し、アルフたちの位相だけが依然として狂い続けているのだ。
男の視線が、半拍遅れて動くアルフの影に向けられた。
「あなた方は、もはやこの世界の住人ではない。ピーターと呼ばれたあの不条理な男によって、因果の系譜から切り離された歪みです。アルフ、あなたたちは罪人ではない。ただの修正対象だから、我々という現象に遭遇するのです」
アルフはその言葉の端々に、田中豪としての直感で正体を察した。彼らは組織ではない。彼らは思想犯でもない。彼らは、この世界という仕組みが自動的に出力する拒絶反応に近い存在だ。
傷口を塞ぐ力が汚れを問わないように。川の流れを塞ぐ岩を削る水流が、岩に殺意を抱かないように。白装束とは、世界が自浄作用として生み出した、自然現象のようなものなのだ。
白装束の手がゆっくりと掲げられた。その掌には、魔力とも呼べない、純粋な無の波動が凝縮されていく。
「……面白いな。世界そのものが俺たちを、帳簿に合わない余り物として処分しに来たわけか」
アルフはカレンの肩を抱き、影の魔力を爆発的に膨張させた。世界が自分たちを歪みだと呼ぶなら、その歪みを正当な道理として認めさせるまでだ。




