第87話:交易都市の不協和音
迷宮を後にしたアルフたちは、数日の旅を経て国境沿いの交易都市ヴェルトに辿り着いた。ここは多くの物資が行き交う賑やかな街だが、その活気の裏には白装束が植え付けた選民思想が深く根を張っている。
街の入り口に差しかかったところで、アルフは不快な光景を目にした。数人の自警団が、泥にまみれた一人の子供を囲んで罵声を浴びせている。
「また野良犬か。この街に汚らわしい影を持ち込むなと言ったはずだ」
自警団の一人が、子供の胸元を乱暴に蹴りつける。子供は抵抗することもなく、ただうずくまって震えていた。ニコが思わず駆け寄ろうとしたが、それよりも早く、一筋の黒い風が自警団の間を通り抜けた。
シエナだ。彼女の漆黒の剣は鞘に収まったままだが、次の瞬間、自警団たちの持っていた槍の穂先が音もなく地面に落ちた。
「な、何だ今のは……!」
狼狽する自警団の前に、アルフがカレンを連れてゆっくりと歩み寄る。
「それ、いくらで売るつもりだ?」
アルフの問いかけに、自警団のリーダーらしき男が顔を赤くして叫んだ。
「売るだと? 何を言っている。これは神聖な浄化だ」
「神聖だか何だか知らないが、その子供を痛めつけても一銭の得にもならないだろう。むしろ、俺の仲間が不愉快になってる。その不快感を払拭するためのコストを、お前たちは支払えるのか?」
アルフの瞳に宿る田中豪の冷徹な光が、男を射抜く。
「ふざけるな! 貴様らも同類か!」
男が腰の剣に手をかけようとした瞬間、彼の足元の影から数本の漆黒の杭が飛び出し、喉元数センチのところで静止した。
「商談成立だ。その子を放せ。さもないと、お前の命という資産をここで強制的に清算する」
アルフの声に、一切の慈悲はなかった。修行を経て、彼は自らの力を振るうことに何の躊躇もなくなっている。自警団たちは恐怖に顔を歪め、子供を放り出して街の奥へと逃げ去った。
ニコが急いで子供に駆け寄り、懐からパンを取り出す。
「大丈夫。これを食べて」
ニコのパンを食べた子供の瞳に、次第に生気が戻っていく。アルフはそれを見届け、街の喧騒を見据えた。
「この街には、まだ多くの無駄な因果が溜まっているようだな。シエナ、カレン。ここを拠点にして、まずは情報を集めるぞ。この世界の歪み、その正体を俺たちの手で引きずり出してやる」
一方その頃、街の反対側にある安宿の一室では、買い戻した刀を磨くアズライトと、それを見つめるマラカイトの姿があった。




