第83話:非情なる決算
迷宮の入り口に血飛沫が舞う。シエナの漆黒の剣が、白装束の喉元を寸分の狂いもなく断ち切った。かつての高潔な騎士の面影はなく、そこにあるのは効率的に命を刈り取る、剥き出しの理だけだった。
「ひ、怯むな! 相手はたった一人だ。探知した通り、奥にあのトリビコザルの小娘がいる! 奴を殺せば我らの聖務は果たされるのだ!」
探知能力を持つ白装束の男が、血走った目で叫ぶ。彼の指先は、シエナの背後で身を縮めるニコを正確に捉えていた。その号令とともに、残りの三人が一斉にシエナを迂回し、ニコへと躍りかかる。
「行かせないと言ったはずよ」
シエナが地を蹴ろうとした瞬間、彼女の足元に光る魔術の罠が展開された。探知持ちの男が、事前に仕掛けていた拘束の術式だ。シエナの動きが一瞬だけ止まる。
「終わりだ、闇の住人め!」
白装束の刃がニコの細い首筋に届こうとしたその時、重苦しい、影のような圧力がその場を支配した。
「……勝手に人の資産を整理しようとするなよ。不愉快だ」
地を這うような低い声。そこには少年の幼さなど微塵もなく、かつて成金王として君臨した田中豪の不遜な気配が混ざり合っていた。
白装束とニコの間に割り込んだのは、カレンに肩を貸されているはずのアルフだった。いや、それはもはや二人ではなく、一つの巨大な因果の塊に見えた。アルフの影から黄金色の魔力が溢れ出し、カレンの祈りと融和して、不気味なほど美しい漆黒の壁を形成していた。
「な、何だこの力は……!? 因果が、捻じ曲げられて……」
白装束の刃がその壁に触れた瞬間、パキリという乾いた音と共に砕け散った。アルフは一歩、また一歩と踏み出す。一歩ごとに、周囲の空気が重力に抗うように震える。
「俺は修行で、自分の命すら交渉材料にする術を学んだ。お前たち程度の安い命で、このニコという価値を買い取れると思っているのか?」
アルフの手が、虚空を掴む。
次の瞬間、探知持ちの男の足元から漆黒の杭が突き出し、その四肢を地面に縫い付けた。
「ぎあああああ!?」
「うるさい。……カレン、残額の処理をお願いする」
「……うん、お兄ちゃん」
カレンがアルフの手を握り締めると、黄金の光を纏った漆黒の杭が一斉に白装束たちを貫いた。それは痛みすら感じさせないほど迅速で、徹底的な清算だった。
後に残ったのは、静寂と、霧に消えていく肉塊の残骸だけだった。
シエナは拘束を振り払い、驚愕の表情でアルフを見つめた。
「アルフ……あなた、今の力……」
「……少し、借り入れすぎた。カレン、ありがとな」
アルフはそう言うと、カレンの胸を借りるようにして崩れ落ちた。修行で得た理は強力だが、その分、肉体にかかる負債もまた甚大だった。
ニコは震える手で、懐から一つのパンを取り出した。
「アルフさん、これを……。修行で焼いた、私の……意志です」
差し出されたパンは、不恰好ながらも、これまでニコが焼いてきたどのパンよりも強く、温かい香りを放っていた。




