第82話:奪還と屈辱
ピーターに家宝とも呼べる刀を奪われてから、しばらくの月日が流れていた。
アズライトはそれ以来、どこにでもある普通の剣士の剣を腰に下げて戦っていたが、皮肉なことにそれは彼にとって悪い経験ではなかった。
(……悪くない。特別な力に頼らず、ただの鉄の棒を振ることで、剣筋の基本を思い出せる)
初心に返るような感覚。それは修行時代を彷彿とさせ、アズライトの剣技に僅かながらの鋭さを取り戻させていた。そんな彼の横を、自称妹を名乗る少女マラカイトが、相変わらず影のように付きまとっている。
「お兄ちゃん、そんななまくらで戦うなんて、やっぱりストイックで格好いいですね!」
「うるさいぞマラカイト。……ん?」
ふと、街道の路上販売に並べられた商品に目が止まった。薄汚れた布の上に無造作に置かれた一振りの刀。通り過ぎようとしたアズライトの心臓が、一瞬だけ跳ねた。
(今のは……ピーターに奪われた俺の刀に似ていた気がするが……)
「お兄ちゃん、何してるんですか? あ、さっきピーターに奪われた刀なら、あそこで二束三文で売ってましたよ」
「……何だと?」
アズライトは弾かれたように足を止め、慌てて露店へと引き返した。
店主に値段を聞くと、驚くほど安い金額を提示された。どうやら「手入れのされていないなまくら」として扱われているらしい。アズライトは怒りで血管が浮き出るのを感じながらも、速やかに金を払い、その刀を買い戻した。
「ふざけやがって……。俺の相棒をこんな値段で……」
忌々しげに呟きながら、アズライトは刀を腰に差し、その刀身を確認しようとゆっくりと鞘から抜いた。
すると、鍔の隙間から一通の手書きのメモが、ひらりと地面に落ちた。
「……メモ?」
アズライトはそれを拾い上げ、中身に目を通した。
「コレをあなたが見てるという時には、もう私はいないでしょう」
深刻極まりない書き出し。ピーターが何か重大な決意、あるいは死を覚悟した末にこの刀を託したのかと、アズライトの表情も険しくなる。しかし、固唾を呑んでさらに折り目を解いた彼の目に飛び込んできたのは、あまりにも軽薄な続きだった。
「カリパクしてごめんちゃい。安値で返却しとくよ。ププッ」
「……あのアマガエル野郎がぁぁぁ!!」
アズライトの絶叫が街道に響き渡った。深刻な雰囲気を返せ。友情や因果を感じた一瞬の隙を返せ。怒りに震えるアズライトは、刀の真偽を確かめるべく、背後のマラカイトを振り返った。
「おい、マラカイト。ちょっとそこにいろ」
「え、何ですかお兄ちゃん?」
マラカイトの腕には、依頼での小競り合いで負った切り傷が残っていた。アズライトは迷うことなく、抜いた刀の剣先をその傷口へと向けた。
「来い! 羅飢王!」
叫びと共に、刀身から仄かな魔力が脈動し、マラカイトを包み込んだ。
次の瞬間、彼女の腕にあった傷が、まるで時間を巻き戻したかのように瞬時に消え去った。
「えっ……傷が治った!? お兄ちゃん、やっぱりそれ、本物じゃないですか!」
「ああ……。効果は本物だ。だがな……」
アズライトは再びメモを握りつぶし、怒りを押し殺した低い声で続けた。
「……次に会った時は、こいつでピーターの野郎を一度バラバラに解体してやる。それがこの刀と俺の……因果だ」
本物の相棒を取り戻した喜びよりも、ピーターへの殺意が上回る再会。アズライトの新たな旅路は、これまで以上に騒がしいものになりそうだった。




