第80話:等価交換の果て
赤い迷宮の最下層では、アルフとカレンが肩を寄せ合い、荒い息を吐いていた。老戦士の放つ理は、一撃一撃が因果の重みを伴い、アルフの魔力を力ずくでねじ伏せてくる。
「まだだ。お前たちの連携には私情という不純物が混ざっている。守る側と守られる側に分かれている限り、その因果の隙間を突かれれば終わりだ」
老戦士が静かに間合いを詰める。その足運びには一切の予備動作がなく、ただ攻撃が当たるという結果だけが先行して迫ってくる。
アルフは視界が赤く染まるほどの疲労の中、背中に感じるカレンの鼓動に全神経を集中させた。
(おい、田中豪。俺とカレンを切り離して考えるな。二人で一つの資本だ。カレンの魔力も、俺の黒い影も、すべて一つの帳簿にまとめろ)
内なる成金王が、愉悦に満ちた声を上げる。
「ようやく理解したか、ガキめ。情で繋がるのではない、運命を共有しろ。損失も利益も、二人で等分に背負うのだ」
アルフはカレンの手を強く握り、その魔力を自分の内側へと逆流させた。本来なら反発し合うはずの二人の魔力が、アルフの怪物の意志によって強引に融和し、巨大な漆黒の渦へと変貌していく。
「カレン、行くぞ」
「うん、お兄ちゃん。全部、お兄ちゃんにあげる!」
カレンの純粋な魔力がアルフの影を黄金色に縁取り、より強固な、そしてより鋭利な理へと昇華された。
アルフが地を蹴る。その速度はもはや老戦士の予想を超えていた。アルフは自らの身体をあえて死角に置き、カレンの魔力で編み上げた影の刃を四方八方から放つ。老戦士はそれを手甲で弾き飛ばすが、刃は砕けるたびに細かい魔力の棘となり、老戦士の皮膚を確実に削り取っていった。
「とりびこざる。闇の住人として闇を生きる者たちが、これほどの輝きを持つ因果を紡ぐとはな」
老戦士は初めてその顔に真剣な色を浮かべ、腰の剣に手をかけた。
「認めよう。お前たちはもはや、単なる保護者と被保護者ではない。この過酷な輪廻を共に歩む、対等な共犯者だ」
老戦士の剣が抜かれる。その瞬間、迷宮の空気が一変し、絶対的な静の領域が展開された。アルフはそれを、全身の毛穴が逆立つような感覚で捉える。
「これが最後だ。この因果を買い取ってみせろ、成金王」
老戦士の抜刀術が、アルフの喉元へ一直線に伸びる。回避は不可能。防御も間に合わない。
だが、アルフは笑った。
彼は回避することを選ばず、自らの心臓を僅かに逸らして、あえてその刃を身体で受け止めた。肉を裂き、骨を砕く感触。しかし、その刹那、アルフは刃を突き刺したままの老戦士の腕を、黒い魔力の影でガッチリと固定した。
「買い取ったぜ、その隙を」
アルフの影から、カレンの祈りが形となった黄金の魔力の杭が噴き出し、老戦士の胸当てを真っ向から貫いた。
衝撃が走り、二人の身体が弾け飛ぶ。静寂が戻った赤い部屋で、アルフはカレンに支えられながら、何とか膝をついて踏みとどまった。
「はは、大赤字だ。死ぬほど痛いぞ、これ」
「お兄ちゃん! すぐに治すから、待ってて!」
カレンが泣きながら治癒の魔力を注ぎ込む。その様子を見て、老戦士は胸の傷を押さえながら、満足げに頷いた。
「合格だ、アルフ。お前は、自分の命すらも交渉材料にして勝利を掴み取った。その非情さと執念があれば、これから先の運命も、あるいはその先の絶望も、乗り越えていけるだろう」
老戦士の姿が、霧のように薄れていく。ピーターが用意した修行という名の投資は、今、確実にアルフたちの血肉となって結実した。
だが、安息の時間はない。迷宮の入り口で、シエナの叫び声が響いた。
「アルフ! 来たわよ、白装束の残党が! 今までの奴らとは、気配の密度が違うわ!」




