第75話:強くなれよ
カイルとの死闘が終わり、施設内には静寂が戻っていた。しかし、その静寂は長くは続かないことを、ここにいる全員が理解していた。因果の糸が絡み合い、白装束たちが再びこの場所を特定するのは時間の問題だった。
ピーターはアズライトの剣身を指で弾き、澄んだ音を響かせると、一同を見渡して告げた。
「さて、ここも潮時だ。カイルを一人で片付けた今のアルフなら、実戦形式の修行に耐えられるだろう。全員、荷物をまとめろ。ここを出るぞ」
アルフはカレンの手を握ったまま、ピーターの言葉を待った。
「修行だ。アルフ、お前とカレン、それにシエナとニコも一緒に行け。行き先は北の辺境、因果の淀みが最も深いとされる『忘却の迷宮』だ。あそこなら、白装束の連中もうかつには手出しできねえ」
「ピーター、あんたはどうするんだ。ハルトも残るのか?」
シエナが負傷した肩を庇いながら問いかける。ピーターは隣で静かに狙撃銃の手入れを続けるハルトに視線を送り、ニヤリと笑った。
「俺とハルトは、ここで今回の『精算』を済ませなきゃならねえ。お前たちが修行に出ている間、こっちで因果の帳尻を合わせておく。ハルト以外、全員だ。いいな?」
アルフの中の田中豪が、冷徹に状況を分析する。ピーターは自分たちを逃がすのではなく、より過酷な環境に放り込むことで、さらなる「資産(力)」の拡大を狙っているのだ。
「……わかった。その修行、買い取ってやる」
アルフは短く答え、立ち上がった。
「ニコ、お前も来い。お父さんのパンの味を、ここで絶やさせはしない。カレンを守るためにも、お前の力が必要だ」
ニコは涙を拭い、力強く頷いた。彼女もまた、悲劇の中で立ち止まることを拒み、新しい運命の歯車を回そうとしていた。
ピーターはアルフの瞳に宿る、成金王としての非情さと少年の決意が混ざり合った光を見て、満足げに頷いた。
「よし、商談成立だ。ハルト、連中を境界まで送ってやれ。そこから先は、自分たちの足で切り拓けよ」
ハルトは無言で立ち上がり、出口へと歩き出した。その背中を追うように、アルフたちは血と泥に汚れた施設を後にした。
朝靄に包まれた平原。振り返れば、そこにはかつての日常の残骸があった。しかし、少年の前には、因果律すらも買い叩こうとする果てしない旅路が広がっていた。




