第74話:もういいか....
灰色の影、カイルが地を蹴った。その動きはもはや物理的な速度を超え、因果そのものをショートカットするかのような神速の刺突となってアルフに迫る。だが、アルフの瞳には焦りはない。彼は手元で魔力を練るのではなく、あらかじめ床に沈めておいた漆黒の影を、蜘蛛の巣のように部屋中に張り巡らせていた。
「無駄だ。お前の動きは、すべてこの『投資(魔力)』の範囲内にある」
アルフが指先を僅かに動かした瞬間、カイルの足元から無数の黒い杭が突き出した。カイルは空中で身を翻し、それらすべてを紙一重で回避するが、それこそがアルフの狙いだった。回避すべき場所を限定させ、敵を一定の軌道へと誘導する。かつて田中豪が市場を操作し、競合相手を破滅の路地裏へと追い込んだ時と同じ、冷徹な盤面制御。
「ここが、お前の終着駅だ」
逃げ場を失ったカイルの眉間に、アルフが全魔力を凝縮させた一本の鋭利な杭を放つ。カイルは短剣でそれを受け流そうとしたが、杭は接触の直前に霧のように分散し、再びカイルの背後で収束して心臓を貫いた。
「……あり、え……因果を、自ら……書き換えた、だと……」
カイルはその場に崩れ落ち、灰色の霧となって消散していった。一人の暗殺者としての命が、少年の冷徹な計算によって清算された瞬間であった。
静寂が戻った作戦室で、ピーターはアズライトを鞘に収め、感心したように口笛を吹いた。
「お見事。まさかあの『灰色の影』を、一人で片付けちまうとはな。正直、俺が出る幕もなかったぜ」
アルフは荒い息をつきながら、膝をついた。魔力の過剰行使により、視界がチカチカと点滅している。
「……あいつは、どの程度の強さだったんだ。俺が相手にすべき連中の、基準を知っておきたい」
ピーターはアルフの横に座り込み、その頭を無造作に撫でた。
「そうだな。白装束の中でもカイルは別格だ。おおよそのランクで言えば、A級上位からS級の入り口ってところか。シエナが苦戦するのも無理はねえ連中だぜ。それを一人で、しかも自分の『理』を確立して倒したんだ」
ピーターは不敵に笑い、アルフの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「成長したな、アルフ。今のお前なら、このクソみたいな運命を買い叩く権利が十分にあるぜ」
アルフはその言葉を黙って受け止め、隣でようやく目を覚ましたカレンの温もりを確かめるように抱き寄せた。




