第72話:そうかそうかつまり君はそういう奴なんだな
仕組まれた陽動
静まり返った平原に,白装束たちの骸が転がる.ピーターはアズライトの聖剣に付着した血を払うこともせず,ふと背後の医療施設を見やった.あまりにも手応えがない.B級上位の力を持つ精鋭たちが,命乞いまでして自分をこの場に留めようとした違和感が,冷たい確信へと変わる.
「……チッ,ハルト! こいつらはおとりだ! 本命はあいつか!」
ピーターは叫ぶなり,弾かれたように施設へと走り出した.高台のハルトも無言で銃身を向け直すが,すでに「影」は建物の中へと溶け込んでいる.
静寂の廊下にて
施設内は,嫌なほど静まり返っていた. ピーターが作戦室の重い扉を蹴り開けると,そこには最悪の光景が広がっていた.
「……遅かったな,ピーター.」
部屋の中央,灰色の霧のような殺気を纏った男――カイルが,音もなく立っていた.彼の足元には,糸が切れた人形のようにアルフとカレンが倒れ伏している.二人は抵抗する間もなく,首筋への一撃で意識を刈り取られたようであった.
「アルフ! カレン!」
ピーターが足を踏み出そうとした瞬間,カイルの持つ薄刃の短剣が,気絶したカレンの喉元にピタリと添えられた.
「動くな.この距離なら,お前の『理』が届くより先に,この娘の命を因果の底へ送れる.」
初めての迷い
部屋の隅では,シエナが剣を構えたまま硬直していた.彼女の左肩からは未だ血が滲み,その表情には,かつて戦場で見せたことのない「迷い」が張り付いている.
「……どうした,シエナ.あんなに勇ましかった暗殺者が,元戦友を前にして剣が鈍ったか?」
カイルの冷徹な問いかけに,シエナは唇を噛み締めた.彼女の脳裏には,先ほどアルフが見せた「怪物」としての覚悟と,ニコの父が守ろうとした「日常」が混ざり合い,カイルというかつての友を「ただの標的」として処理することを拒ませていた.
「……カイル,あんたは……どうして…….」
「俺は運命の奴隷だ,シエナ.お前のように逃げ出す勇気も,狂気も持ち合わせていない.」
背後では,ニコが震える手で自分の口を抑え,声を殺して怯えていた.目の前の現実は,彼女が焼いたパンの温もりを無残に踏みにじり,守るべき少年少女を「人質」という名の道具へと変え果てていた.
人質と対峙
ピーターは剣を下げ,カイルの瞳をじっと見つめた.そこにあるのは憎しみではなく,職務を全うしようとする機械的な虚無であった.
「人質を取って交渉か.『灰色の影』も,随分と落ちぶれたもんだな.」
「手段は問わない.この少年は,世界の理を壊す劇薬だ.そしてこの娘は,その薬を暴走させるための触媒に過ぎない.二人はここで『整理』されなければならないんだよ.」
ピーターの脳細胞が,最速で打開策を演算し始める.だが,相手はシエナのすべてを知り尽くした男だ.少しの揺らぎも許されない極限の対峙が,血の匂い漂う作戦室で始まった.




