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【朗報】ワイ元成金、最期に少女を救い異世界送りになった模様  作者: 限界まで足掻いた人生


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第66話:日常

ピーターによって関節を外され、呼吸を乱された白装束たち。しかし、地に伏してもなお、彼らが放つ殺気は常人のそれを遥かに凌駕していた。彼らは「弱体化」されたのではない。ピーターの手によって、余計な虚飾を剥ぎ取られ、「殺すこと」に特化した純粋な凶器へと変えられたのだ。


売られた「手の内」

シエナは荒い息を吐きながら、手負いのはずの白装束を睨みつけた。B級の枠に収まらぬ実力を持つ彼女が、これほどまでに追い詰められるのは計算外であった。


「……なぜだ。相手は満身創痍のはずなのに、私の刃が届かない」


焦燥がシエナの胸を焼く。自慢の刺突はことごとく紙一重でかわされ、逆に敵の反撃は、まるで彼女の回避の癖を知り尽くしているかのように先回りしてくる。踏み込みの深さ、視線の誘導、果ては微かな重心の移動までが、精密な方程式を解くように封じられていた。


アサシン譲りの勘が、最悪の答えを導き出す。自らの手の内が連中に筒抜けになっている。


「――そうか。誰かが私の情報を漏らしたか、あるいは売りやがったな」


確信した瞬間、シエナは洗練された暗殺術を捨てた。自分を知り尽くしている相手に、これまでの型をなぞるのは死を意味する。


「なら、これでどうだ……!」

シエナの咆哮が、凍てついた空気を切り裂く。 彼女は流麗な足捌きを捨て、逃げ場のない死線に自らの身を固定した。


銀光が眼前に迫る。白装束の放った冷徹な刺突に対し、シエナは回避を「拒絶」した。ドスッ、という、生生しく重い音が響く。白装束の刃が、彼女の左肩を深く、容赦なく突き抜けた。


「――っ!!」


焼けるような激痛が神経を焼き、噴き出す鮮血の熱さが防寒具を濡らす。しかし、シエナはその激痛さえも、敵を「固定」するための楔として利用した。刃を通したまま、彼女は退くどころか一歩前へ踏み込み、貫かれた肩を力任せに捩じって、抜かせまいと敵の腕を封じ込める。


目の前の暗殺者が、初めてその無機質な瞳に動揺の色を浮かべた。 相手が「肉を切らせる」ことまで計算に入れていると悟った瞬間には、もう遅かった。


「捕まえたぞ、クソ野郎……!」


激痛を嘲笑うような、狂気にも似た笑みを浮かべたシエナの右腕が閃く。全霊を込めた逆袈裟の一閃。それは暗殺者の美学など微塵もない、ただ命を奪うためだけに研ぎ澄まされた泥臭い一撃であった。


断ち切られた喉笛から、鮮血が噴水のように噴き出し、白装束の純白を深紅に染め上げる。 絡み合った二人の影が離れた時、残されたのは、血溜まりの中に崩れ落ちる物言わぬ骸と、肩から血を滴らせながら、獣のような眼光で立ち尽くす一人の女戦士の姿であった。


「怪物」の統率

一方、アルフもまた、逃げ場のない死線に立たされていた。


眼前に迫る白装束は、ピーターに骨を砕かれながらも、一切の苦悶を見せない。ただ「アルフを殺す」という純粋な命令に従う無機質な処刑機械として、最短の軌道で刃を突き出してくる。


(……ああ、死ぬな)


極限の集中。引き延ばされた時間の中で、アルフの意識は肉体を離れ、凍てつくような静寂が支配する内面世界へと沈み込んだ。


そこには、豪華なスーツを纏い、高慢な笑みを浮かべた一人の男が座っていた。 前世の自分―――成金王・田中豪。そして、アルフがこれまでずっと忌み嫌い、心の奥底に封印してきた「孤独な怪物」だ。


「……また来たのか、偽善者。そんなに人間らしくありたいか?」


怪物(田中豪)が、かつての傲慢な声で嘲笑う。その瞳は、いじめに遭った少年時代の怯えと、全てを金で支配しようとした時の歪んだ渇望に満ちていた。


「違う。俺は……カレンを守りたいだけだ」


「同じことだ。金も力もないガキがどうやって守る? お前は『力』を恐れているんじゃない。自分が『力』に飲み込まれて、またあの頃の冷酷な俺に戻り、誰にも愛されなくなるのを恐れているだけだ」


怪物がゆっくりと立ち上がり、アルフの影に溶け込むように囁く。


「認めろよ。お前の中にあるのは、綺麗な魔力なんかじゃない。ただの破壊衝動だ。いじめっ子たちを見返したいと願った、あの醜い執念だ。それを受け入れろ」


アルフは一瞬、目を閉じた。 成金時代、金で全てを買えると思っていた虚しさ。 そして、リリアが教えてくれた、金では買えない「誇り」と「笑顔」。 今の自分には、もう金はない。だが、守るべき「誇り(カレン)」がここにある。


「……いいだろう。お前を拒むのはもうやめる。お前は俺の罪だ。俺の孤独だ。だが、カレンが笑える明日を買うためなら、俺は喜んで『怪物』になろう」


その瞬間、内面世界の鏡が砕け散った。


現実に引き戻されたアルフの瞳から、迷いが消える。 全身を駆け巡っていた荒々しい黒い魔力は、怒りや恐怖という不純物を削ぎ落とされ、氷のように冷徹な「理」へと変貌した。


「……穿て」


荒れ狂う嵐であったはずの魔力が、瞬時に収束し、細く鋭利な一筋の「杭」のような物へと姿を変える。それはかつて田中豪が全ての財を投じてリリアを救った時のような、狂気的で非情なまでの「一点集中」であった。


無駄のない動き。感情を排した精密な一撃。 アルフが放った漆黒の杭は、迫りくる刃を弾き飛ばし、白装束の胸部を寸分狂わず貫いた。


「ガ、は……」


白装束の肺から最期の空気が漏れ出す。 アルフはその光景を、悲しみも快楽も抱かず、ただ事実として見つめていた。


それは、大切な者を守るために自らの中の「怪物」を飼い慣らし、その背に跨がった一人の戦士の産声であった。


静寂の平原と、引き摺り出された「日常」

すべてが終わった平原には、二人の荒い息遣いと、冷たい鉄の臭いだけが漂っていた。ピーターは一歩も動かず、泥と血に汚れた二人を満足げに眺めている。


「合格だ。シエナ、お前は過去を捨てた。アルフ、お前は力の主人になった。……これでようやく、不条理な世界と対等に殺し合えるステージに立ったわけだ」


隣に立つハルトは何も語らない。ただ、感情の抜け落ちた瞳で、血に濡れた拳をじっと見つめるアルフを静かに見つめていた。その無言の視線は、かつて自分も踏み越えたであろう「一線」を越えた少年への、最低限の敬意のようにも見えた。


ピーターは顎をしゃくり、背後の医療施設に向けて声を張り上げた。


「おい、ニコ! 地下で震えてねえで出てこい! デザート(フレンチトースト)の時間だぜ!」


数分後、施設の重い扉がおずおずと開いた。現れたニコは、平原に転がる骸の山と、返り血を浴びて立ち尽くすアルフたちの姿を見て、息を呑んだ。その手には、震えながらも握りしめた焼きたてのパンが抱えられている。


「アルフ……さん……シエナさん……?」


ピーターは顔を伏せるニコの肩を無造作に掴み、まだ微かに息のある白装束の一人の前へと突き出した。


「さあ、アルフ、シエナ。そしてニコ。こいつから事情を聞き出すぞ。なぜこの場所を襲ったのか、誰が情報を売ったのか……地獄の沙汰も、『パン』次第ってな」


冷たい朝靄の中、断絶した「日常」と「戦場」が、血溜まりの上で一つに混ざり合おうとしていた。

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