63話:闇
沈黙の病棟
白昼の療養所は、本来であれば回復を待つ患者の息遣いや看護師たちの足音で満たされている。しかし、今の回廊を支配しているのは、耳が痛くなるほどの完全な静寂であった。
受付の女性は、診察券を受け取ろうとした姿勢のまま事切れている。その喉元には、髪の毛ほどの細い赤線が一条。彼女の瞳には驚愕も恐怖も宿っていない。何が起きたのかを脳が理解するよりも早く、その命が「切除」されたことを物語っていた。
白装束の集団は、無機質な影のように廊下を往く。彼らの歩みには一切の迷いも、そして感情の機微も存在しない。
用途不明の抹殺
シエナがいたはずの病室の扉が、音もなく開かれた。
白装束の一人が、もぬけの殻となったベッドの温度を確かめる。シエナの転院記録や退院の手続きなど、そこには一切残されていない。彼女が「存在していた」という事実だけが、シエナ・レオンという名が記されたカルテによって証明されていた。
「……対象、消失」
白装束は、そのカルテを手に取ると、無造作に握り潰した。
彼らの目的は、アルフの追跡なのか、カレンの奪還なのか、あるいはシエナという目撃者の抹殺なのか。その優先順位も、背後にある意志も、すべては厚いベールに包まれている。彼らはただ、目の前にある「生」を等しく無価値なものとして扱い、作業的に停止させていくだけであった。
蹂躙の残滓
地下の薬品庫では、震えながら隠れていた見習い医師が、白装束の足元で動かなくなっていた。彼が最期まで抱きしめていた薬瓶は砕け、青白い液体が床に広がっている。
白装束はその液体を踏みつけ、血溜まりを避けることもなく歩みを進める。
サクラの薪で焼かれたパンの香りが、地下室でアルフたちの心を束の間だけ温めていたその裏側で。 彼らの痕跡を知る場所は、一つ、また一つと「死」によって塗り潰されていく。
白装束の目的が「口封じ」なのか、それとも「神聖な儀式」なのか。その答えを語るべき口は、すべて永遠に閉じられた。
窓から差し込む夕日は、静まり返った病室の床を、ただ無慈悲に赤く照らしている。
残された者は、誰もいなかった。




