59話:おかねのちから
「よーし! それじゃあ早速、第一回『世界をひっくり返すための地獄の運動会』を開催するぞおおお!! 景品は俺の温かいハグだ!!」
ピーターが地下室の真ん中で、まるでテレビ番組の司会者のような大仰なジェスチャーで叫ぶ。
「いらねぇよ! さっさと修行しろ!!」
アルフの鋭いツッコミが飛ぶが、ピーターはそれを華麗にスルーして、怯えるニコと不機嫌なシエナの前に立った。
「まずはニコちゃん! 君はパン屋の娘としての誇りにかけて、ここで究極の『命を繋ぐパン』を焼くんだ! 燃料はそこらへんにある適当なクヌギ、ブナ、サクラを使え! 灰になっても食えればOKだ!」
「ひ、ひぃぃ……急にパンを焼くなんて無理ですぅ……お父様ぁ……!」
ニコが泣きながら隅っこに追いやられる中、ピーターは次にシエナを指差した。
「そしてシエナ! お前はさっきから俺を殺しそうな目で見てるな! 気に入った! その殺意をすべてアルフにぶつけろ! 峰打ち禁止、急所狙い推奨、死んだらハルトがなんとかしてくれる(たぶん)!!」
「……本気か? この少年に、本気で剣を向けろと?」
シエナが呆れを通り越して殺気を放つ。交渉決裂どうやら言う事を聞かないようだった。
最終手段!!
「つまらないものですが」
そういいありったけの金貨を手のひらにのせ頭を下げお願いした。
シエナの心がゆらぐ、見ず知らずのコイツの言う事聞いて良いのだろうかと。
「――ッッす、ほんっとにお願いします」
アルフは反射的に身構えた、シエナの鋭い気配に反応してどす黒く波打つのを感じた。
「怪物」への第一歩
「アルフ、いいか! お前の仕事は、シエナに切り刻まれながらニコちゃんがパンを焼き上がるのを待つことだ! 腹が減っては戦はできぬ! ついでにその漏れ出してる魔力を、パンを焼く火の調節に使え! 焦がしたら連帯責任で全員スクワット一万回だ!!」
「めちゃくちゃだよ!!」
アルフは叫びながらも、シエナが放った一閃を間一髪で回避した。シエナの剣は、傭兵としての経験に裏打ちされた無慈悲な軌道を描く。
「……動きは悪くない。だが、魔力が重すぎるぞ、少年!」
「っ……わかってるよ!」
アルフは体内の濁流を抑え込もうとするが、意識すればするほど「力」が暴れ出す。
壁に貼られた世界地図と、漢字がびっしり書かれた情報ノート。ピーターは修行の合間に、ふとした拍子にそのノートを鋭い眼光で見つめることがあった。その時だけは、狂ったようなテンションが消え、この世界のどこかにいる「誰か」を必死に手繰り寄せようとする、執念深い開拓者の顔になる。
だが、アルフがそれに気づく暇はない。
「ほらほら! パンの匂いがしてきたぞ! もっと魔力を絞れ、アルフ! 炭を食わされたくなかったら、自分の悪魔を飼い慣らせ!!」
ピーターは、壊れた拡声器のような声で場をかき回しながら、アズライトから奪った聖剣を指揮棒のように振り回している。
アルフは、この不条理な空間こそが、今の自分たちを世界から切り離して守ってくれる唯一の「砦」であることを、汗と魔力の飛沫の中で実感していた。




