55話:聖剣トースターと、禁忌の記憶
「死ねええええええええ!!」
マラカイトの絶叫と共に放たれた禁忌術式**『生命の崩壊』**が、隠れ家を飲み込む。触れるものすべてを分解する死の旋律がピーターに直撃する――はずだった。
「はい、お疲れー」
ピーターは飛来する魔力の奔流を、まるで行き過ぎたタクシーを止めるかのように片手で「パチン」と叩き消した。 物理法則を無視したその挙動に、マラカイトは言葉を失い、ルビーナは自分の『超感覚』が故障したのではないかと疑った。
直後、ピーターはアズライトの聖剣『天空の審判』を床に突き刺すと、リュックから食パンとマヨネーズを取り出した。
「いやあ、さっきの南部せんべい、ピーナッツが奥歯にダイレクトアタックしちゃってさ。口直しにマヨトースト食べたいんだけど、ガス代高いじゃん? これ、ちょうどいい熱源だよね」
ピーターは聖剣の刀身にマヨネーズをたっぷりと塗りたくり、神聖な雷光を**「パンを焼くためだけの熱線」**として使い始めた。ジジジ、と香ばしい匂いが立ち込める。
「貴様……! お兄ちゃんの聖剣で、何を焼いているんだああああ!!」
発狂して飛びかかるマラカイトを、ピーターは食パンを片手にひょいと避ける。
「待て、マラカイト! 下がれ!」
ルビーナの背後に控えていた、白髪の老兵が震える声で叫んだ。彼は80年前の地獄を生き延びた数少ない生存者の一人だった。
「その姿……その、ふざけたような立ち振る舞い……間違いない。奴だ。八十年前、意図せずして人類の八割を消滅させた『災厄の化身』……!」
老兵の言葉に、周囲の空気が凍りついた。歴史書にすら「天災」として記述を濁されている大虐殺。その中心にいた男が、今、目の前で聖剣を使ってパンを焼いている。
「よせ……それ以上その件に触れるな! 奴は、その話を聞くと――」
老兵の警告が響く中、ピーターの手が止まった。
それまでの「ふざけた空気」が、一瞬で消失する。隠れ家全体の酸素が消失したかのような、圧倒的な圧迫感。ピーターは無表情のまま、ゆっくりと老兵の方を向いた。
「……おじいさん。それ、誰が言ってたこと?」
ピーターの声は、驚くほど静かで、平坦だった。だが、その瞳の奥には、底の見えない虚無と、触れてはならない逆鱗に触れられた者の**「静かな怒り」**が宿っていた。
「俺は、ただ……腹が減ったからパンを焼いてるだけだよ。余計な思い出話は、墓場に持っていきな」
ピーターが指先を軽く振った。ただそれだけの動作で、老兵の周囲の空間が圧縮され、彼は一瞬で壁の向こう側へと弾き飛ばされた。
「……さて」
ピーターは再び、聖剣に刺さったマヨトーストに目を戻した。
「焼きすぎた。最悪。全部このおじいさんのせいだわ」
ピーターは、冷え切った声でそう呟くと、再びふざけたような表情に戻り、ルビーナに向かって聖剣をバットのように構えた。
「おいルビーナちゃん。この『焼きすぎたマヨトースト』、代わりに食べてくれる? 食べないと、君のギルド支部、今から更地にするけど?」
「な……っ!? ふ、ふざけるな……っ!」




