54話 覚醒の初陣と、歪んだ正義
崩落した天井から差し込む月光が、隠れ家の中に立ち込める塵を白く照らし出す。その中心で、ルビーナの狼の耳がピクピクと怒りに震えていた。
「よくも……よくも私のキャリアに泥を塗ってくれたな、ピーター・ブレット!」
ルビーナの背後には、ギルドの精鋭部隊、そして氷のように冷たい眼差しを向けるマラカイトが立っている。
ピーターは、最後の一片となった南部せんべいをパチンと指で弾き、口の中に放り込んだ。
「やあ、ルビーナさん。随分とお早いお着きで。マラカイトちゃんまで連れてくるなんて、よっぽど俺に会いたかったんだね」
「貴様の顔など、二度と見たくないわ」
マラカイトが静かに一歩前へ出る。彼女の指先が微かに光り、空気中の魔力が重く沈み込んだ。
「……そこに転がっている人殺しの少年ごと、ここで終わらせてあげる」
ピーターはニヤリと笑い、足元で膝をついていたアルフの背中を、無造作に蹴飛ばした。
「ほら、アルフ。出番だ。『地獄の授業料』、まずはこいつらで払ってもらおうか」
「……っ!」
アルフはゆっくりと立ち上がった。全身を包んでいた包帯が、溢れ出すどす黒い魔力の圧力に耐えかねて、パラパラと裂け落ちていく。
「何だ……その姿は……」
ルビーナが息を呑む。アルフの肌は死人のように白く、その瞳は深紅の輝きを放っていた。しかし、以前の暴走時のような「狂気」はない。そこにあるのは、冷徹に研ぎ澄まされた**「純粋な力」**だった。
「行くぞ……」
アルフが呟いた瞬間、彼の姿が消えた。
「速い!?」
ルビーナが『超感覚』を全開にするが、アルフの動きは予測を超えていた。アルフは一瞬でルビーナの懐に潜り込み、黒い霧を纏った拳を叩き込む。
「ぐっ……おおおお!」
ルビーナは辛うじて剣の腹で受け止めたが、その衝撃で腕の骨が軋んだ。ただの筋力ではない。魔力そのものが物理的な質量を持って襲いかかってきているのだ。
「ルビーナ、下がって!」
マラカイトが叫び、禁忌の治癒魔術**『逆位・細胞壊死』**を放つ。対象の自然治癒力を逆転させ、細胞を内側から崩壊させる凶悪な術式だ。
だが、アルフはその光を避けることすらしない。
「無駄だ」
アルフの手から放たれた黒い魔力が、マラカイトの術式を「喰らう」ように霧散させた。ピーターによる魔力回路の改造は、アルフの体を**『魔力を捕食する悪魔』**へと変貌させていたのだ。
「嘘……私の術式が、消された?」
驚愕するマラカイトの視界の端で、ピーターが楽しげに笑いながら、リュックから**「あるもの」**を取り出した。
それは、アズライトから奪った聖剣**『天空の審判』**だった。
「あーあ、マラカイトちゃん。そんな顔しちゃダメだよ。ほら、君の大好きなお兄ちゃんの形見……じゃなかった、愛刀はここにあるぜ?」
ピーターは聖剣を無造作に肩に担ぎ、マラカイトの憎悪を煽るように、わざとらしく剣を振り回した。
「……返せ。その汚い手で、お兄ちゃんの誇りに触るな!!」
マラカイトの理性が、ついに限界を迎えて弾けた。




