52話 地獄の門開門と、南部せんべいの隠し味
アルフが「やってやる」と決意を口にした瞬間、隠れ家の空気が一変した。それまでふざけた態度を崩さなかったピーターの瞳から、一瞬だけ温度が消える。
「いい返事だ。……じゃあ、まずはその**『死ぬ間際の無力感』**を体に刻んでもらおうか」
ピーターはそう言うと、持っていた南部せんべいの袋をハルトに預け、ゆっくりと立ち上がった。
地獄の教育:第零段階
ピーターはアルフの目の前に立ち、その細い首を無造作に掴み上げた。
「が……っ、は……!?」
「アルフ、君の魔力は今、暴走した反動でスカスカだ。蛇口が壊れた水槽みたいなもんだよ。そこに無理やり『悪魔』の力を流し込めば、体は内側から弾け飛ぶ」
ピーターの手が光を帯びる。それは癒やしの魔力ではなく、対象の魔力回路を強制的に拡張・破壊する**『過負荷』**の術式だった。
「ひ、ぐ……あああああああ!!!」
アルフの全身の血管が浮き上がり、肌の隙間からどす黒い魔力が噴き出す。激痛。脳が焼けるような感覚。昨日の暴走時の高揚感とは正反対の、純粋な破壊の苦しみがアルフを襲う。
「ハルト、南部せんべい」
「……はい」
ピーターは絶叫するアルフを片手で吊り下げたまま、ハルトから差し出されたせんべいを口にした。
「……うん、やっぱりこのピーナッツの渋みが最高だね。で、アルフ。君が『白い悪魔』と呼ばれるようになったのは、君の中に眠る**『絶望の質量』**が魔力と結びついたからだ」
ピーターは冷酷に分析を続ける。
「一ヶ月で死ぬ命なら、効率を極限まで上げる。君の魔力回路を一度全部ぶっ壊して、俺が作り直してあげるよ。……もちろん、麻酔なしでね」
一方、ギルド本部:ルビーナの屈辱
同じ頃、ギルド管理委員会のルビーナは、執務室で報告書を書き殴っていた。その顔は怒りと屈辱で般若のように歪んでいる。
被害報告:第4医療施設・東棟大破。
損失:B級冒険者3名、C級12名が重傷(継続戦闘不能)。
彼女が悔しいのは人命ではない。この不祥事により、中央から派遣される監査官に「管理能力不足」と判断されることだ。
(ピーター・ブレット……! あの呪われた獣が、あんなハッタリ一つで私を踊らせたというのか!?)
偽のスイッチ(プルタブ)を思い出し、ルビーナは羽ペンをへし折った。
「ルビーナ様、王宮より伝令です。……**『特B級献上品』**の確保が遅れていることに対し、第一王子が直々にお叱りの言葉を……」
部下の言葉に、ルビーナの肩が小さく震える。
「分かっている! すぐに全ギルドに布告しろ。白い悪魔と呪われた獣の懸賞金を倍に引き上げる。奴らを逃がした者は、冒険者資格を永久剥奪、一族郎党追放だとな!」
彼女の自己保身は、今や狂気的な執着へと変貌していた。
隠れ家:深夜の覚醒
数時間後。 アルフは全身を包帯で巻かれ、床に転がっていた。意識は朦朧としているが、不思議と体の中を流れる魔力の感触が、以前よりも「鋭く」なっているのを感じる。
「……お、きたね」
ピーターは机の上で、空になった南部せんべいの袋を丁寧に畳んでいた。
「第一段階終了。次は、君のその**『悪魔』を物理的に引きずり出す方法**を教える。……あ、言い忘れてたけど」
ピーターはニヤリと笑い、アルフの耳元で囁いた。
「この訓練、**成功率は0.1%**くらいだから。死んだらごめんね、カレンちゃんは俺が美味しく……じゃなくて、大切に実験体として使わせてもらうからさ」
「……クソ、野郎……」
アルフは震える拳を握りしめた。ピーターへの憎悪。それが今の彼を繋ぎ止める、唯一のガソリンだった。




