4話 金が意味を成さない世界(スキルと力)
家に戻ったアルフとカレンは、老人に分けてもらったパンを分け合った。硬く、カビ臭いパンだったが、カレンはそれを宝物のように噛みしめている。
「お兄ちゃん、美味しいね!」
その無邪気な笑顔が、アルフの心を締め付けた。こんなものがご馳走で、命の危険が常に付きまとう。この生活が、彼の「第二の人生」なのだ。
アルフは、先ほど老人から言われた言葉を反芻していた。
「パンなんかよりも、力を求めな」
彼のいた世界では、「力」とは「金」と「権力」だった。億単位の金を動かせば、弁護士でも警察でも、裏社会の人間でも動かすことができた。だが、この世界では違う。あの男の暴力は、彼の持つ金では防げなかった。
「力、か……」
アルフは、自分の細い腕を見つめた。この体では、誰一人守れない。
「カレン、この世界に、魔法とか、スキルとか、そういうものはないのか?」
アルフは尋ねた。転生した異世界なら、ファンタジー的な要素があるはずだと思ったのだ。
カレンは不思議そうな顔で答えた。
「魔法? うーん、カレンは見たことないけど。でも、お兄ちゃん、**『状態**は見れるよ」
「状態?」
カレンは、まるで当然のように、人差し指を空中に立てた。すると、その指先から微かな光の粒子が立ち上る。
「こうやって、見たい人の名前を心の中で呼ぶと、パッと見えるんだよ。お兄ちゃんの『状態』、見てあげる?」
豪は驚愕した。まさか、ゲームのような「ステータス」の概念が本当に存在するとは。彼はすぐにカレンに促した。
「ああ、見てくれ!」
カレンがアルフの顔をじっと見つめ、静かに呟く。
「えーと……【アルフ・(姓なし)】……種族:ヒューマン……職業:なし……スキル:『鑑定Lv.1』、『言語理解Lv.3』、『幸運(小)』……体力:5、魔力:0……」
カレンは少し顔を曇らせた。
「なんか、お兄ちゃん、すっごく弱いよ。体力も低いし、魔力もない。スキルも役に立たなそうなのばっかり」
アルフは茫然とした。体力5。これは、成人男性の平均が50だとすれば、絶望的な数値だ。魔力はゼロ。そして、唯一の希望だったスキルも、『鑑定』と『言語理解』という、戦闘には全く使えそうにないものだった。
―――『鑑定』?
アルフは、そのスキルに意識を集中させた。すると、彼の脳裏に、まるで視界に字幕が映るように情報が流れ込んできた。
【カレン・(姓なし)】
種族: ヒューマン
職業: なし
スキル: 『料理Lv.1』、『忍耐Lv.2』
体力: 8、魔力: 2
カレンは、アルフよりも少しだけ体力が上だった。そして、アルフは自分のステータスも呼び出してみる。
【アルフ・(姓なし)】
種族: ヒューマン
職業: なし
スキル: 『鑑定Lv.1』、『言語理解Lv.3』、『幸運(小)』
体力: 5、魔力: 0
備考: 魂の深い部分に強烈な「金銭感覚」の残留思念あり。
「金銭感覚の残留思念だと……?」
豪の魂が、元・成金であることを証明していた。だが、それは戦闘力には全く貢献しない。
「くそっ、この世界でも結局、俺は何も持たないのか!」
アルフは思わず悔しさに拳を握りしめた。しかし、彼の目に映ったのは、不安そうなカレンの顔だった。
そうだ。力がないのなら、手に入れればいい。金が全てだった世界で、ゼロから億万長者になることすら可能だったのだ。
「カレン。パンは?」
「え? もう食べちゃったよ」
「そうか……。カレン、聞きたいことがあるんだ。この街で、一番金持ちな場所はどこだ?」
アルフの瞳に、かつて億万長者として全てを支配していた時の、鋭い光が戻ってきた。彼は、この世界で金が万能ではないことを知った。だが、金が全く役に立たないわけでもない。
「力」は必要だ。しかし、この貧民街から脱出し、カレンを安全な場所に連れて行くためには、かつての武器も必要になる。
「金……か。貧民街の外の、大通りにある『銀の天秤』っていう質屋かな……」
カレンの言葉を聞きながら、アルフの頭脳はフル回転し始めた。
(力がないなら、金で力を買う。金で権力を買う。金で情報と道具を買う。そして、その金を作る仕組みを、この貧民街でゼロから作り上げてやる!)
かつての成金王は、異世界で、まずは「金」を武器に、その後の「力」を求めて立ち上がることを決意した。




