22話 圧倒的な力の壁と、シエナの冷笑
アルフが成金男を刺し、カレンを抱き上げた瞬間、会場全体が地鳴りのような怒号に包まれた。壇上を取り囲むように、オークションの護衛たちが殺到してくる。
「貴様、何者だ! 殺せ!」
護衛たちのほとんどはD級以下のゴロツキだが、その中には、強大な殺気を放つプロの影が混じっていた。
アルフはすぐにカレンを背中に隠し、「鑑定」を発動した。
【護衛:ジェイク】 ランク:B級冒険者(重装戦士)
後天的スキル: 『鋼鉄皮膚Lv.4』
【魔導士:ロザリア】 ランク:A級魔法使い
後天的スキル: 『広域火炎魔法Lv.5』
【傭兵:シエナ】 ランク:B級傭兵(アサシン系)
後天的スキル: 『身体強化Lv.3』
B級、A級。 アルフレッドの体力(12)では、もはや測定不能な絶望的な壁だ。
アルフは反射的に「戦闘予測Lv.1」を発動した。彼の脳裏に、ジェイクが突進し、ロザリアが詠唱を開始する未来の動作が、わずかに遅延したスローモーションで描かれる。
(ロザリアの詠唱を止めなければ、広範囲魔法でカレンごと蒸発する! まずはジェイクを突破し、ロザリアを……!)
アルフは短剣を構え、ジェイクのわずかな隙間を突こうと動いた。しかし、ジェイクはアルフの動きを読み切ったかのように、巨体を揺らして通路を完全に塞ぐ。
「小賢しい小技を!」
ジェイクの鉄拳が、アルフの頭上を通過した。アルフは「戦闘予測」のおかげで回避できたものの、その風圧だけで体勢を崩される。
(だめだ! 予測できても、体がついていかない! この体躯差、スキルのレベル差、圧倒的な基礎能力の差は覆せない!)
アルフの頭脳は最強だが、彼の肉体は貧民街の少年だ。予測した未来を、体力12の体で実行することは不可能だった。
その時、後方から、一際冷たい殺気が近づいてくる。
シエナだ。彼女は既に周囲の雑魚護衛を一掃し、アルフとカレンに狙いを定めていた。
(チッ……あの時の金に汚いガキか)
シエナは内心で舌打ちをした。彼女はアルフを、貧民街でリチャードを襲おうとした悪ガキどもの前に現れた、生意気な子供だと瞬時に見抜いていた。
(たった数週間で、このオークション会場まで辿り着いた? 見違えたな、このガキ。だが、A級に挑むにはあまりに無謀すぎる)
シエナは迷いなく、アルフの逃走経路の背後から、短剣を投擲した。
アルフは「戦闘予測」で短剣の軌道を正確に把握したが、カレンを抱えているため、完璧に避けることはできない。彼は反射的に体を捻り、短剣は彼の肩を浅く切り裂いた。
「ぐっ……!」
痛みと出血で、アルフの意識が遠のきそうになる。
そして、ロザリアの詠唱が完了した。彼女の手のひらに、地獄の業火のような炎の渦が収束する。
「消えなさい、貧民のゴミ!」
アルフの「戦闘予測」は、炎の直撃から逃れるための完璧なルートを示したが、そのルートは、カレンを安全な場所に運ぶためのルートではなかった。
「ああ、リリア……!」
アルフの視界の端に、かつてリリアをオークションから救い、殺された瞬間の、自分の血まみれの体がフラッシュバックした。
(まただ! また、金と知恵だけで、力が足りないせいで、大切なものを失うのか!)
アルフはカレンを抱きしめたまま、その炎の熱を浴びるのを覚悟した。彼の知恵も、金も、アイテムも、この圧倒的な暴力の壁の前では、塵に等しかった。
「終わりだ……」
アルフは絶望に目を閉じた。




