20話 遅すぎた凱旋と、空っぽの家
アルフが第二階層からの決死の脱出を成功させ、貧民街の自宅に辿り着いたのは、夜明け前の空がうっすらと白み始めた頃だった。彼の全身は泥と血と汗に塗れ、体力の限界を超えていた。
「ハァ……ハァ……遅くなったが、ただいま……カレン、無事か……?」
アルフは震える手で扉を開けた。彼の顔には、金貨の山を手に入れた達成感と、愛する妹との再会への期待が満ちていた。
しかし、家の中は異様な静けさに包まれていた。
「カレン?」
アルフは声をかけたが、返事はない。いつもなら、彼の物音に気づいてすぐに飛び起きてくるはずだ。
布団は乱雑に剥がされ、カレンがいつも抱きしめていたパンの塊が、床に転がっている。そして、アルフが残していったはずの銀貨数枚が、散乱していた。
アルフの心臓が凍り付いた。彼はすぐさま家の中を駆け回り、そして、壁に走る大きな亀裂に気づいた。
「嘘だ……」
その亀裂は、外から何かが強引に侵入してきたことを示していた。
アルフは床に落ちていた小さな物、カレンのトレードマークである汚れた赤いリボンを拾い上げた。そのリボンは、強引に引きちぎられたように、端がほつれている。
「カレン! カレン!!」
アルフは絶叫した。彼の隣に、いつもいたはずの小さな妹の姿はなかった。
代わりに、壁には殴り書きのようなメッセージが残されていた。
『オークション行きだ。諦めろ』
その冷酷な文字を見た瞬間、アルフの脳裏に、かつてリリアを奪おうとした裏社会の影、そしてシエナの冷酷な瞳がフラッシュバックした。
(俺が、ダンジョンで命を懸けている間に……! 金を稼ぐことに夢中で、一番大事なことを忘れていた!)
彼は、自分が命を懸けて守ると誓った存在を、最も無防備な瞬間に奪われたという、耐え難い自己嫌悪と怒りに襲われた。
床には、アルフがダンジョンで手に入れた金貨の詰まった袋、そして**『権能石』**の木箱が転がっている。彼の命懸けの戦利品は、今、何の価値も持たないガラクタのように見えた。
「くそっ、クソッタレがぁ!!」
アルフは咆哮を上げた。彼の体は疲労で限界だったが、その瞳には、かつての傲慢な成金王がリリアを奪われた時よりも、遥かに深い、煮えたぎるような憎悪と狂気的な決意が宿っていた。
彼は急いで、金貨と『権能石』を掴んだ。
(オークション……! リリアを救った、あの地獄の場所か。今度は、金だけじゃなく、力も持っていく。何が何でも、カレンを取り戻す!)
アルフの頭脳は、極限の状況で冷静に動き始めた。彼は、カレンを奪った者たちを追うために、手に入れた金と力を、最速で、最も効率的な武器へと変換する必要があった。
彼の心には、ただ一つの目標だけが残されていた。
「カレンを誘拐した奴らを、必ず見つけ出し、すべて終わらせる」




