2話 この世界の妹(カレン)
謎の転生を果たした豪は、貧民街の少年アルフとして目を覚ます。彼の隣には、かつて命を懸けて救った少女リリアにそっくりな、カレンと名乗る少女がいた。
「うぅ……」
ぼんやりとした意識の中で、豪は目を覚ました。土埃とカビの匂いが鼻をつく。見上げると、ぼろぼろの天井が目に飛び込んできた。
「ここは、どこだ?」
体が縮んでいる。手足は細く、まるで子供のようだ。見慣れない服は、あちこちが擦り切れ、薄汚れていた。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
隣に座っていた少女が、心配そうな目で豪を覗き込んだ。その顔は、かつて自分が命を懸けて救ったリリアにそっくりだった。
「リリア……?」
豪が思わず口にすると、少女は首を傾げた。
「誰? リリアって。お兄ちゃん、まだ熱があるの?」
彼女の瞳は、翠ではなく、深い青色だった。そして、豪自身も、鏡代わりに使われている水瓶に映る自分を見て驚愕した。そこにいたのは、金髪碧眼の、見知らぬ少年だった。
「お兄ちゃん、熱いよ。汗、すごい」
少女は豪の手を握り、豪の額に手を当てた。その小さな手が、豪の心に温かい熱を灯す。
「お兄ちゃん? 俺は……」
「アルフ、熱が下がったみたいでよかった」
アルフ。それが、この少年の名前らしい。この世界で、彼は貧民街の孤児として、少女―――カレンと二人で生きていた。
なぜ、自分がこんな姿で、この世界にいるのか? 豪は混乱した。しかし、その混乱を吹き飛ばすかのように、カレンは豪の手を握り、微笑んだ。
「お兄ちゃんが、生きててよかった」
その笑顔は、かつて豪が命を懸けて救ったリリアの、そして、金では決して買えなかった、あの無垢な笑顔そのものだった。
「カレン……」
豪は、もはや自分が誰なのか、わからなくなっていた。だが、一つだけ確信できることがあった。もう二度と、大切なものを失いたくない。
「……腹、減ったな」
豪のつぶやきに、カレンは嬉しそうに頷いた。
「うん! お兄ちゃんが元気になったら、一緒にパンを買いに行こうね!」
その言葉に、豪は胸が熱くなった。金と権力に飽き飽きしていた男は、今、パン一つに喜びを感じる妹のために、この新しい世界で生きていくことを決意した。
しかし、彼の第二の人生は、愛と安寧に満ちたものではない。それは、生きるため、大切なものを守るための、過酷な戦いの始まりを告げていた。




