13話 古の迷宮と、煙幕戦術
アルフは、貧民街のさらに奥にある、悪臭漂う地下水路へと足を踏み入れた。コンクリートと泥に塗れた水路の壁には、微かに古代文字のようなものが刻まれており、これが『古の迷宮』の入り口であることを示していた。
「誰もいない、ということは、やはりあの噂は本当か。こんな場所に、誰も近づこうとしないほどの魔物がいる……」
アルフはリュックから、自作の**「催涙薬入りの小瓶」**を握りしめた。彼の心臓は激しく鼓動しているが、その思考は驚くほど冷静だった。
地下水路をしばらく進むと、空気の冷たさが増し、水路が巨大な洞窟の入り口へと変わった。そして、その入り口を塞ぐように、一匹の巨大な魔物がいた。
「『鑑定』!」
【魔物:ロック・ゴブリン】
種族: 亜人(ゴブリン亜種)
ランク: C級(集団になるとB級相当)
特徴: 岩のように硬い皮膚を持つ。単体でも通常冒険者数人分の体力を持つ。
体力: 45、魔力: 10
備考: 視覚に優れるが、嗅覚は鈍い。
(C級単体、体力45……。今の俺の体力は12。まともに戦えば、一撃で終わりだ)
ロック・ゴブリンは、その名の通り、全身が岩の皮膚で覆われた、巨大な体躯をしていた。手に持った棍棒は、アルフの体を容易に粉砕するだろう。
アルフは隠密行動を諦めた。どうせ、この洞窟の守衛は彼の侵入に気づいているはずだ。彼は一歩前に出て、敢えて大きな音を立てた。
「ウォォオオオ!」
ロック・ゴブリンが咆哮を上げ、アルフに向かってゆっくりと進み始める。アルフは逃げるどころか、懐から**「小型爆薬」**の入った巾着袋を取り出し、ゴブリンの足元に向けて投げつけた。
「フンッ!」
爆薬はゴブリンの足元で炸裂し、土埃が舞い上がった。ゴブリンは一瞬怯んだが、岩の皮膚を持つ魔物に、この程度の爆薬はほとんど効果がない。
「チッ、読み通り。だが、これは陽動だ」
アルフは、ゴブリンの注意が爆発に向いた一瞬の隙を逃さなかった。彼は次に、**「煙幕弾」**を連続で投げつけた。
煙幕はすぐに洞窟の入り口一帯に充満し、視界を完全に奪った。
「ウォ、ウォオオオ!?」
ロック・ゴブリンは突然の視界不良に混乱し、棍棒を振り回すが、アルフの姿を捉えられない。
(今だ! ロック・ゴブリンは視覚に優れるが、嗅覚は鈍い。『鑑定』で得た情報通りだ)
アルフは煙幕が充満する中を、素早くゴブリンの足元へと駆け抜けた。彼の目的は、戦闘ではない。突破だ。
彼はすかさず、ゴブリンの足元にある、ほとんど動かない巨大な岩の陰に身を潜めた。そして、岩の裏から、**「催涙薬」**を詰めた小瓶を取り出し、ゴブリンの顔めがけて投げつけた。
小瓶が割れ、催涙薬の煙がゴブリンの目に直撃する。
「グオォオオオオ! 目が、目がァアア!」
岩のように強靭な皮膚を持つゴブリンも、催涙薬の痛覚には抗えない。ゴブリンは完全に動きを止め、両手で目を押さえて悶絶し始めた。
その隙に、アルフは一気に洞窟の奥へと走り出した。
「ふざけるな、こんな低ランクの魔物で時間を食うわけにはいかない!」
アルフは振り返らず、走りに集中した。彼の心の中には、勝利の歓喜はない。あるのは、一刻も早く財宝を見つけ、カレンの元へ帰るという使命感だけだ。
アルフは、己の知恵とアイテムへの緻密な投資によって、最初の関門を突破した。しかし、彼の目の前に広がる迷宮の暗闇は、彼がこれから挑む、A級、S級の真の危険の始まりを告げていた。




