12話 命懸けの投資と、小さな決意
アルフの家は、この数日間で小さな工房と化していた。彼の持つ銀貨90枚は、貧民街では考えられない速度で、様々なアイテムに変換されていった。
彼の『鑑定Lv.1』は、アイテムの相場だけでなく、素材の純度や特性まで読み取るため、アルフは常に質の高い材料を安値で手に入れることができた。
「この薬草の乾燥具合なら、上級の麻痺毒が作れる。この木炭は純度が高い、煙幕弾に転用だ」
アルフは、貧民街で手に入れた材料と、リチャードとの交渉で手に入れた違法な材料を組み合わせ、小型爆薬、催涙薬、強力な睡眠薬などを大量に自作した。彼の戦略はシンプルだ。B級以上の魔物とまともに戦う力はない。故に、奇襲と搦め手で相手のステータスを一時的に無力化し、その隙に逃げ切る、一撃離脱の戦術に全てを賭ける。
彼の肉体も少しずつ変化していた。毎日続けてきた肉体労働と、稼いだ金で得た栄養により、体力(5)はとうに超え、現在は**12**まで上昇していた。それでも、ダンジョンの入り口を守る魔物に対抗するには、全く足りていない。
迷宮突入の前夜。
アルフは、カレンに笑顔で話しかけた。
「カレン。明日、お兄ちゃんは少し遠くまで仕事に行く」
「え? 遠いところ?」
カレンは不安そうに目を丸くした。
「ああ。今までよりもずっと大きくて、報酬も良い仕事だ。成功すれば、カレンが二度とこの貧民街の汚いパンを食べなくて済むようになる。そして、カレンに『お料理Lv.2』のスキルを買ってあげられる金も手に入る」
アルフは、カレンのために、残りの銀貨数枚と、数日分のパンを隠し場所に置いた。
「お兄ちゃん、早く帰ってくる?」
「ああ。必ずだ。俺は、もう二度と大切なものを失わないと決めている。だから、俺は必ず、金を持って、無事に帰ってくる」
アルフはカレンを抱きしめた。カレンがアルフを失うことを恐れているように、アルフもまた、カレンを置いていくことに強い恐怖を抱いていた。だが、彼は知っている。この命懸けの博打を避ければ、いずれ貧民街の闇にカレンごと飲み込まれる未来が待っていることを。
別れを告げた後、アルフは静かに家を出た。彼の背には、自作した大量のアイテムを詰め込んだボロボロのリュック。
「さて、成金王の最後の投資だ。この命と、全財産を懸けた賭け、失敗は許されない」
アルフは月明かりの下、地下水路へと続く暗闇の入り口を見つめた。その先には、A級、S級の危険が潜む『古の迷宮』と、カレンの未来をかけた一攫千金が待っている。




