第102話:外部からの誤情報
白装束が放つ修正の波動が、視界を白く焼き潰そうとしていた。その激流に抗いながら、アルフの脳裏にはこの都市に辿り着く前に受け取った「報告書」の内容が、苦い後味と共に蘇っていた。
差出人の名はまだ明かせない。だが、その人物がもたらした情報は、アルフにとっても、そしておそらくはアズライトにとっても、疑いようのない「確定事項」として共有されていた。
切り取られた事実
「ピーターは街のパン屋の娘を攫った」
その報告は、簡潔で、かつ決定的な悪意に満ちていた。
「既に人格の操作、魂の書き換えが始まっている。娘はもはや以前の彼女ではない」
「発見次第、即座に彼女をピーターから切り離せ。手遅れになる前に」
アルフは影の杭を地面に突き立て、存在の流出を食い止める。田中豪としての彼は、常に情報の真贋を疑うプロだった。だが、この案件に関しては、外部から観測された「客観的な事実」があまりに揃いすぎていた。
ピーターが店を訪れ、混乱の中でニコを連れ去ったこと。
その直後、ニコがかつて見せなかったような異質な魔力――二重の影を宿し始めたこと。
それは、素人が見れば「誘拐」と「呪い」の構図そのものだった。
誤情報の連鎖
だが、真実はもっと無骨で、不器用な救済だった。
あの日、ニコはピーターに狙われたのではない。ピーターこそが、何者かの襲撃対象となっていた彼女をいち早く察知し、保護するために強引に連れ出したのだ。
ピーターにしてみれば、それは単なる「避難」だった。しかし、周囲の目に映ったのは、無慈悲な略奪者の姿だった。
アルフも、そしてアズライトも、その「歪められた前提条件」を担保にして、今日まで動いてきた。
「……ピーター、お前はいつもそうだ。説明コストを惜しんで、最悪の市場評価を甘受する」
アルフは吐き捨てるように呟く。
もしあの報告が、意図的に編集された「偽装工作」だとしたら。自分たちは存在しない負債を追いかけ、この修正という名の破産処理に巻き込まれていることになる。
噛み合わない敵意
「アズライト、お前もあの情報を信じてここへ来たんだろう」
アルフの問いかけに、アズライトは白装束の攻撃を弾き飛ばしながら、狂ったような笑顔で応じる。
「信じるもクソもねえ! 目の前で連れ去られたって報告があれば、それをぶち殺して取り戻す。それが俺たちの仕事だ!」
アズライトもまた、情報の「出所」を疑う余裕などなかった。彼にとってニコは助けるべき被害者であり、ピーターは討つべき誘拐犯。その単純な二項対立こそが、自分を削り続けてまで戦う唯一の動機だった。
しかし、当のニコは今、誰よりも彼らの身を案じ、支援の魔力を送り続けている。
「……皮肉な商談だな」
アルフは自分の影を強く引き寄せる。
自分たちが前提としていた「正義」という名の投資先が、最初から架空の案件だったとしたら。
この戦場に漂う不協和音は、単なる力の性質の違いだけではない。
「救済」と「奪還」という、決して重ならない二つの誤解が、この破滅的な状況をさらに固定化させていた。




