第101話:制御の破綻の予兆
広場を埋め尽くす白装束の修正出力は、もはや個人の武力で抗える領域を超えつつあった。波紋のように広がる白い波動が、石畳に刻まれた戦いの記録を、そして戦う者たちの存在そのものを強引に平らにならしていく。
「……がはっ……!」
アズライトの口から、鮮血が飛び散った。だが、その血さえも地面に落ちる前に白い光に飲み込まれ、最初からなかったことにされる。
彼は今、この瞬間を極限まで削り、自分という器を磨り潰すことで、白装束の修正に対抗する出力を維持していた。呼吸の間隔はもはや機械を超え、心臓の鼓動さえもが一定の旋律を刻み続ける。
しかし、その限界は近かった。
削り取るべき「自分」という資産が底を突きかけているのだ。
背後の空白
ニコは支援の魔力を練りながら、必死にアズライトの背中を追っていた。
そこで、彼女はある決定的な違和感に打ち震える。
(おかしい……どうして、一度も……)
アズライトは、死地にある。
白装束という世界の拒絶反応に押し潰され、存在の崩壊がすぐそこまで迫っている。それなのに、彼は自分のすぐ後ろに立つ「妹」を、一度も振り返ろうとしない。
「アズライトさん、危ない! マラカイトさんに援護を……!」
ニコの叫びは、虚しく響いた。
アズライトはマラカイトに指示を出すこともなければ、助けを求めることもしない。それどころか、彼女がそこにいること自体を意識の外に追いやっているかのように、頑なに視線を前方だけに固定していた。
徹底された疎外
アルフもまた、遅れて動く影の杭を打ち込みながら、その異様な光景を査定していた。
(アズライトの動き……。守っているのではない。関わらせないように、徹底して隔離している)
通常、これほどの窮地であれば、戦力としてマラカイトの魔力を利用するのが道理だ。だがアズライトは、まるで彼女をこの戦場の「構成要素」として認めていないかのような振る舞いを続けている。
声も掛けない。
視線も合わせない。
彼女というリソースを、計算式から完全に除外している。
「……アズライト、お前、その女を何だと思っている」
アルフの低く鋭い問いに、アズライトの肩が激しく揺れた。
彼は修正の波に足元を掬われそうになりながらも、決して後ろを見ようとはしない。
「……黙ってろ、アルフ! こいつは……マラカイトは、俺が連れてきたんだ。俺が、俺だけで、ケリをつける……!」
その言葉は、共闘する仲間への拒絶ではなく、自分自身の背後に立つ「何か」に対する、悲痛なまでの抵抗のように聞こえた。
関わらせないという決意
ニコは、マラカイトの微笑みを見た。
彼女はアズライトが苦痛に顔を歪めている時も、彼が自分を無視し続けている時も、最初から変わらない、あの静止した表情のままだ。
ニコは直感する。
アズライトはマラカイトを信頼していないのではない。あるいは、冷遇しているわけでもない。
彼は、彼女がこの世界の「修正」に触れることを、あるいは彼女という存在がこの戦場に「確定」してしまうことを、死に物狂いで防ごうとしているのだ。
(関わらせないようにしている……。まるで、彼女が少しでも動けば、取り返しのつかないことが起きるみたいに)
アズライトが削り続けているのは、自分の命だけではない。
彼は「マラカイトがこの世界に干渉する」という最悪の事態を防ぐための、最後の防波堤として、今この場に立っているのではないか。
白装束の修正が強まり、広場が白く染まっていく。




