10話 届かぬ金貨と、一攫千金の情報
アルフは『鑑定Lv.1』の真価を確信した。それは、一瞬でアイテムの真贋や隠れた能力を見抜くようなチート能力ではない。彼の『鑑定』は、前の世界で彼が持っていた超一流の審美眼と市場知識を、この異世界でも完全に再現する能力だった。
彼は見つけた「破損した魔石の欠片」を、質屋『銀の天秤』のリチャードに売却しようとはしなかった。
(あの男は、足元を見て値を叩く。この30枚の銀貨を元手に、さらに高値で売れる場所を探す。この貧民街を出て、中央区の店で売却する方が賢明だ)
アルフは、貧民街の外縁にある小さな道具屋で、魔石の欠片を銀貨40枚で売却することに成功した。元手を含め、一気に銀貨70枚。パンにして三千五百個分の金だ。
それから数週間、アルフの生活は一変した。カレンを家に残し、彼は毎日、貧民街のゴミの山を漁り続けた。
「『鑑定』!」
【アイテム:銅の古銭】 → 銅貨20枚(歴史的価値あり)
(アルフの思考:普通の人間にはただの古い銅貨だが、俺の鑑定は、これが数百年前に使われていた特殊な硬貨だと教えてくれる。中央区の古物商なら、この値段で買うだろう)
【アイテム:ヒビの入った薬瓶】 → 銀貨1枚(内部に微量の魔力残滓)
(アルフの思考:この魔力残滓は、薬瓶の素材が特殊な鉱物であることを示している。ただのガラス瓶ではない。銀貨一枚なら、錬金術師に売れるはずだ)
彼の『鑑定』スキルは、この世界における「金銭感覚」と完全に連動していた。彼は、ゴミとガラクタの中から、市場価値を見出す天賦の才と、それを裏付ける**「知識」を発揮した。前世の成金王としての審美眼と、現在の鑑定スキルが合わさり、アルフはたちまち貧民街の「裏のトレジャーハンター」**となった。
銀貨70枚から始まった資金は、彼の緻密な交渉術と再投資によって、雪だるま式に膨れ上がった。
「そのボロ布は、中央区の染色師なら銀貨3枚で買うはずだ。銀貨1枚で買わせてくれれば、お前にもメリットがある」
アルフの交渉術は、この街の住民たちの足元を見る狡猾さと、中央区の相場を知る知識に裏打ちされており、誰も彼に太刀打ちできない。
カレンは、アルフが稼いだ金で、栄養のあるスープを口にするようになり、その顔色も良くなっていった。アルフ自身も、稼いだ金で肉体労働の雑用依頼を積極的にこなし、体力(5)を少しずつ上げていった。
そして、ついにその日が来た。
アルフが稼いだ金は、銀貨90枚に達した。
「よし!」
アルフは拳を握りしめた。目標まで、あとわずか。後天的スキルを買うための金貨一枚(銀貨100枚)まで、あと銀貨10枚。
しかし、その最後の10枚が、どうにも遠かった。この頃になると、貧民街の住民たちはアルフの「金の嗅覚」を警戒し始め、簡単にはアイテムを売らなくなっていたのだ。
「ちくしょう、あと少しなのに……」
アルフは焦燥感に駆られた。シエナの冷酷な目と、血の匂いが、彼の背中に常に貼り付いている。一刻も早く、カレンを守るための**『後天的スキル』**を手に入れなければならない。
そんな中、アルフは新たな情報に辿り着いた。情報屋の老人が、酒に酔った勢いで口を滑らせたのだ。
「……裏のダンジョンだよ。この貧民街の地下には、誰も踏み込んでいない**『古の迷宮』**がある。噂じゃあ、その奥には、貴族の財宝が眠っているとか……」
アルフの目が光った。
ダンジョン。魔物を倒して力を手に入れる冒険者の活動拠点。そして、財宝。
「古の迷宮、ですか」
アルフは冷静を装い、老人にさらに詳しい情報を引き出した。
そのダンジョンは、貧民街のさらに奥、地下水路の先に隠されており、これまで多くの冒険者が挑戦したが、入り口で断念しているという。理由は、入り口を守る魔物が強く、また、内部の構造が複雑すぎることだった。
「誰も踏み込んでいない、ということは……」
アルフは、自分の持つ唯一のスキルを思い出した。
(『鑑定Lv.1』。それは、単なるゴミの中から、市場で高値が付く、埋もれたお宝を見つけ出す能力だ。このダンジョンでそれが使えれば、金貨一枚に必要な残り10枚分の銀貨どころか、それ以上の富を一気に得られる可能性がある!)
スキルを買うための最後の金貨10枚分を稼ぐには、時間がかかりすぎる。しかし、このダンジョンの「財宝」ならば、一気に金貨一枚、あるいはそれ以上の富を得られるかもしれない。
アルフは、カレンを安全な場所に残す手立てを考えながら、この「古の迷宮」に、自身の全てを懸ける決意をした。彼の第二の人生は、いよいよ本格的な冒険へと舵を切る。




