1話 退屈な世界の終わり
金が全てだった。
親から受け継いだ莫大な遺産は、俺の人生を退屈で味気ないものに変えた。欲しいものは全て手に入り、努力も苦労も必要ない。そんな日々の中で、俺は傲慢になり、やがて何もかもに飽きていた。
しかし、ある日、金では買えないものに出会った。裏社会のオークションで、奴隷として売りに出されていた一人の少女。その澄んだ瞳は、俺の腐りかけた心を揺さぶった。俺は初めて、金を使うことに意味を見出した。
少女を救い、自由を与えようとした俺の行動は、やがて俺自身の破滅を招いた。血の海に倒れ、全てが終わったと思ったその時、俺の意識は再び目覚める。
目を開けると、そこは貧民街だった。そして、俺の隣には、かつて救った少女によく似た、一人の妹がいた。
これは、金で全てを失った男が、金では買えないものを守るために、再び立ち上がる物語。
「成金王」の第二の人生が、今、始まる。
序章:成金と少女
「ふん、この程度のワインに2000万か。ぼったくりにも程があるな」
高層ビルの最上階にあるペントハウスで、男―――成金王 カナビシ 豪はグラスを傾け、つまらなそうに呟いた。35歳にして億万長者となった豪は、自らの力で金を稼いだことはなかった。豪が20歳の時、両親が事故で他界し、莫大な遺産を相続したのだ。
親の遺産で手に入れた金は、豪の心をすっかり蝕んでいた。努力も苦労も知らず、金で買えないものはないと信じていた。高級車、ブランド物、美女。欲しいものは全て手に入れた。しかし、その顔には常に退屈が張り付いていた。
ある日、豪は新たな退屈しのぎを見つけた。裏社会のオークションだ。退屈した豪は、気まぐれにその会場を訪れた。そこで出品されていたのは、奴隷として売りに出された幼い子供たちだった。
「次は、希少なエルフの血を引く少女です」
壇上の少女は、怯えながらも、澄んだ翠の瞳で豪を見つめた。その目には、絶望だけでなく、僅かな抵抗の光が宿っていた。オークションは白熱し、少女の値段はみるみるうちに跳ね上がっていく。
「ふん。くだらん」
豪は立ち上がろうとした。その時、少女の目が金菱の目と合った。その瞬間、豪の心臓が奇妙な音を立てた。それは、金では買えない、何かだった。
「10億だ。その少女は俺がもらう」
豪の声に、会場が静まり返る。周りの人間が、豪を驚きと呆れが混じった目で見た。しかし、豪は意に介さず、少女を落札した。
少女は「リリア」と名乗った。豪はリリアに、高級な食事と衣類、そして部屋を与え、これまで通りの生活を送らせようとした。だが、リリアは豪の好意を拒絶し続けた。
「どうして……?」
ある日、リリアは初めて豪に話しかけた。
「どうして、助けてくれたんですか? お金持ちのおもちゃにするために?」
リリアの言葉に、豪は少し戸惑った。
「おもちゃ? そんなつもりはない。ただ、お前を自由にしてやりたかっただけだ」
「自由?」
「ああ。金も権力も、全部手に入れたけど、何一つ楽しくなかった。なんとなく生きているだけで死んでいるのと変わらない人生を過ごしていたんだ。そんな中、お前はオークションに売られてた。お前の目は、どこか生きる気力すらないかの様に見えたが、同時に懐かしさも感じた。だから、お前だけは、自由にしてやりたかったんだ」
理由にすらなってない豪の言葉に、リリアは初めて笑顔を見せた。そして、その笑顔が、豪の心を溶かしていくようだった。
転機:破滅と再誕
リリアを救い出して数日後、豪は裏社会の人間から脅迫を受けるようになった。
「カナビシさん。あれはオークションの掟破りです。彼女を返していただきます」
「ふざけるな。俺が金を出して落札したんだぞ」
「我々を敵に回すとどうなるか、よくお考えください」
豪は無視した。しかし、裏社会の連中も諦めなかった。豪の会社、そして彼の命を狙ってきた。
そして、ある夜。豪のペントハウスに、武装した男たちが押し入ってきた。豪はリリアを隠し、自ら応戦した。激しい格闘の末、豪は満身創痍で倒れた。
「くそ……。このままでは、リリアが……」
豪は最後の力を振り絞り、リリアの隠れ場所から男たちを引き離そうとした。その時、男の一人がナイフを振りかざし、豪の胸を貫いた。
「これで終わりだ、田中」
男の冷たい声が響く。豪の視界が歪み、薄れていく。最後に見たのは、リリアを助けたいという一心だった。
「リリア……。幸せに……な──」
意識が途絶え、豪は血の海に倒れ、その命の光を静かに失っていった。
閑話
肌の感覚は無いのに、生ぬるく感じる、永遠に続くかのような暗闇の中.......
目の感覚は無いのに、情景が浮かんできた.......
青い海......雲一つ無い空.......楽しそうに笑っているリリア.......すぐ横にいる金髪の子......金髪?
「(おまえ誰──)」
新生:貧民街の少年
「うぅ……」
ぼんやりとした意識の中で、豪は目を覚ました。土埃とカビの匂いが鼻をつく。見上げると、ぼろぼろの天井が目に飛び込んできた。
「ここは、どこだ?」
体が縮んでいる。手足は細く、まるで子供のようだ。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
隣に座っていた少女が、心配そうな目で豪を覗き込んだ。その少女の顔を見て、豪は目を見開いた。
「リリア……?」
少女は豪にそっくりな顔をしていたが、耳は丸みを帯びており、その瞳は翠ではなく深い青色だった。そして、豪自身も、鏡に映った自分を見て驚愕した。
そこには、金髪碧眼の、見知らぬ少年がいた。
「お兄ちゃん、熱いよ。汗、すごい」
「お兄ちゃん? 俺は……」
「アルフ、熱が下がったみたいでよかった」
アルフ。それが、この少年の名前らしい。この世界で、彼は貧民街の孤児として、妹と二人で生きていた。
なぜ、自分がこんな姿で、この世界にいるのか? 豪は混乱した。しかし、その混乱を吹き飛ばすかのように、少女は豪の手を握り、微笑んだ。
「お兄ちゃんが、生きててよかった」
その笑顔は、かつて豪が命を懸けて救ったリリアの、そして、金では決して買えなかった、あの無垢な笑顔そのものだった。
「リリア……いや、お前は……」
豪は、もはや自分が誰なのか、わからなくなっていた。だが、一つだけ確信できることがあった。
もう二度と、大切なものを失いたくない。
豪は、この新しい世界で、妹を守るため、そして、今度こそ本当の幸せを手に入れるために、新たな人生を歩み始めるのだった。