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成島シリーズ

成島くん日常譚 青春野郎と狂信者

作者: ヤマスマン

これ単体でも読めるよう頑張ったつもりですが、成島くん日常譚 天才少女とナルシストを読んでからの方が楽しめるかもしれません。

どこまでも突き抜けていく青空に胸を向け、俺は飛び上がった。

自分の背を越える高さを飛んだ瞬間、踵がバーに当たり、体はマットに沈む。


「バーに踵がキスしちゃったか……」


心の中でため息をつき、無理やり体をひねって格好をつける。


「成島、お前の今日の記録は160センチだ。 馬鹿なこと言ってないで早くはけろ! 次は女子集合だぞー!」


先生の声に押され、俺はマットから滑り出すとため息をひとつ。

俺の名前は成島愛己なるしま まなき、イケメン代表の男子高校生だ。

グラウンドの端で待っていると、ある女子がこちらを見ているのに気づく。目が合うと、ふっと微笑んだ。

音羽美玲おとわ みれい、全校生徒に知らぬ者はいない美少女。

その微笑みに胸が高鳴る。美しさでは負けていないはずなのに、最近はこの笑顔にどうも弱い。



二人のクラスメイトが近づいて話しかけてきた。


「なぁ、成島。 音羽様って本当に美しいよな」

「なんだいきなり……まぁ、そうだな。 俺に競えるレベルだ。」


軽く肩をすくめて返すと、鋭い口調で返ってきた。


「おい暴言だぞ、鏡を見直せ。 音羽様がどれほどの人かお前わかっているか? 名家の出身で、お父様も日本最高の美食家って言われてる人らしい。 その家でもこれまでいなかったレベルの才能を持つ料理の大天才だぞ」

「へぇ、知らなかった……というか、そんな話したことなかったな」


音羽はタワーマンションのペントハウスに住んでいるのだから、良い家の出身というのも納得だ。


「才能ってのは料理だけじゃない。 テレビ取材が毎年来るレベルのミュージカルで、全国からのオーディションを勝ち抜いて主演を演じ、今でも手本にされているそうだ」

「それも知らなかった」


正直、驚いた。演技ができるのもそうだが、競い合ってまで人前に立つイメージはなかったのだ。


「暗記力もすごいもんねぇ。 教科書忘れても、一字一句違わず音読して覚えてたこともあるしぃ」


もう一人がニコニコと話す。確かにそんなこともあった。


「通学すら忘れる日もあるけどな」


俺は苦笑いしながら肩をすくめる。遅刻欠席当たり前の問題児ということも、学校のほとんどが知っている話だ。


「でだ、そんな音羽様の家に男子が出入りしてるって噂、知ってるか?」


空気が少し固まる。


「へえ、そうなのか?」


なんとかとぼけると、相手は眉をひそめて続けた。


「成島、お前、音羽様の家に行ったことがあったろう」

「あ、あぁ……俺が音羽さんをナンパから助けたときのことか。 困ってる女性を助けるのは当然だろ」


視線をそらしながら答える。


「その時に翌日、翌々日も掃除に行ったな」

「それは……あの家、バカみたいに広くて」


言葉を濁すしかない。厨房以外の掃除が驚くほどできないなんて、第三者に話すべき情報じゃない。


「二ヶ月近く前とは言え、お前は音羽様の家に複数回入ったことがあるわけだ」


厳しい視線がこちらに向けられる。


「そりゃそうだけど、それだけだ! しっかり掃除したし、人を呼んでも大丈夫なようにしたんだ!」


それ以上言うと怪しまれそうで、少し焦って言い切る。


「ちなみに先々週の日曜午前にも目撃情報がある。 男子を音羽さんがマンションのエントランスに迎え入れるところをだ」

「へぇ……」


冷や汗が出る。週に一度の掃除に行ったとき、たまたま音羽が迎えに出てくれた日だ。


「その前にも同じ男子の目撃情報がある。 背格好は身長155センチ前後で小柄、茶髪でうちの制服を着用していたこともあるらしい。」

「ほな、成島かぁ」

「いやいや、まだわからない! 違う可能性もある!」


二人が追い打ちをかける。思わず変な否定の仕方をしてしまった。


「……噂では、この小人さんはことあるごとに上がり込んでいるらしいぞ」

「え、成島ぁ、ふしだらなんだぁ」

「違う! 俺じゃない! 週末に掃除頼まれてるだけだ!! 誰が小人だ!!!」


思わず否定した瞬間。


「間違った情報に素早く訂正するとはやっぱり成島、お前じゃないか!」

「成島ぁ、授業中にでかい声出すなよぉ先生に怒られるぅ」


わざとらしく騒ぎ立てる二人にはガツンと一言言わないといけないだろう。


「誰のせいだ——」

「でもさぁ、掃除だけっていうのもおかしいよねぇ?」


俺が反論しかけたところで、質問が飛んできた。


「おかしいって何がだよ?」

「好きでもない一人暮らし女の子の家にのこのこ行ってお掃除しましたぁ、きれいスッキリよかったねとはいかないでしょぉ?」


尋問はまだ終わっていなかったらしい。


「断じて下心なんてない!それはほら……」


頼られて掃除をして、二人で食事をする。この関係がただ心地よかったとは口が裂けても言えなかった。


「音羽様にお仕えできるだけで幸せなのはわかるぞ」


言い淀んでいると頓珍漢な返答が飛び込んできた。

ちょっとよくわからないが、このままとぼけてしまえば恥ずかしい目には遭わずに済むと思ったその矢先。


「違うねぇ!これは何かあるよぉ!」


有無を言わせぬ速さで逃げ道を潰された。

何か言わねばここは終わらない。捻り出せ!俺!


「音羽さんの手料理が出るんだよ……」


その答えを聞いた瞬間二人はぴたりと止まり、そして


「「そりゃあ通うか」」


二つの声が重なった、俺は助かったのだ。


「そ、そうだろ?食いしん坊ぽくて俺のブランディング的に言い出せなかったんだよ」

「でもさぁ、音羽さんはどう思ってんだろうねぇ」


再び空気が凍りついた。


「どうって言ったって、ねぇ? そんなのわかんないよ。ねぇ?」

「でもさぁ、音羽さんって助けてもらって信用してる男だとしても異性を何度も何度も呼ぶタイプには思えないんだよねぇ。」


確かにその通りだ。

人付き合いは最小限、関わってこない相手の名前すら覚えてない、音羽美玲はそんな人だった。


「三日掃除にかかるってことは、元々部屋が散らかってても限界まで放って置けちゃうんじゃないかなぁ? 掃除に人を呼ぶのだって一、二ヶ月後でも気にしなかったんじゃないかなと思うわけぇ?」


そういう彼の表情は初めてみるぐらい真剣でとても言葉を挟めなかった。


「それを週一で呼び出してご飯作ってくれる、これってもう家族とか恋人のレベルじゃないのぉ?」


校舎からチャイムが鳴る。

会話はそこで切れ、グラウンドに漂っていた空気がふっと緩む。


「もうこんな時間か……最後の憶測はともかく、今日は十分話を聞けたな。 ファンクラブに報告してくる」

「へぇ、ファンクラブとかあるんだぁ。 あーっと!成島、僕ら先に教室戻るねぇ、顔赤いしちょっと休んでからきなよ!」


二人は校舎へ歩き出し、ちらちらとこちらを見ながら急ぎ足で去っていった。



解放されて、一息つくと背後から声がかかる。


「成島君」


振り向くと音羽がこちらを見ていた。


「さっきの跳躍、惜しかったね。 踵がちょっと触れただけでしょ」

「……あ、見てたんだ」

「ええ、待機時間はそれくらいしか見るものないもの。それに——」


さらりと言い、彼女は目を細める。


「普段からちゃんと努力家なんだなって」


心臓が跳ね、頬が熱くなる。

なんとなく顔を見られるのは危険だと思い背を向けた。


「ほら! 俺イケメンだからさ! このパッチリお目々に光があるうちは全力を尽くす定めなんだな!!」


思わず調子に乗った口を叩く。


「そうかな? 私はシャープでかっこいい目だと思うけど」


音羽は少し微笑み、視線を空に向ける。


「ねぇ、さっきの人たちと何を話してたの?」


あんなに熱かった顔から血の気が引くのを感じる。問い方は柔らかく、鋭さはない。


「……あー、俺がどこに行っても人の目を引いてしまうって話かな? うん」

「そうなの? そう言われると笑顔の柴犬っぽくて目を引くかも?」


音羽はわずかに首をかしげる。


「俺そんな間抜けな表情してる? というか、音羽さんさっきから俺を恥ずかしがらせようとしてないかい?」


振り向くと、音羽はイタズラっぽい笑みを浮かべていた。


「早く戻らないと、次の授業遅刻するよ?」


遅刻魔のその一言に、何も言い返せず、俺はその姿を見送った。

最後までお読みいただきありがとうございました。

青春大好きなクラスメイトと音羽ファンのクラスメイトが出ましたが青春野郎が急いで帰ったのは音羽さんが近づいてくるのが見えたので青春の邪魔をしないよう急いでいたのでした。

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