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生まれ変わった身体

 アルファガの下をアネモネが訪れて世界征服と人間の支配を認めさせ、更に瘴魔人シンジェラに作り替えられたレベンドラを救い、彼女を臣下としたその翌朝。

 頭上に小さな太陽の輝く早朝に、レベンドラはバルコニーに居た。アルファガに与えられた肌触りの良いワンピースとサンダル姿だ。


 早朝の冷えた空気と日の光を浴びながら、レベンドラは久しぶりに自由になる自分の身体を隅々まで把握しようと精神を澄まし、意識の枝を指先まで迅速に伸ばしてゆく。

 大きく息を吸い、ゆっくりと時間をかけて息を吐く。体の中を巡る血の流れ、満ちて行く空気、そして全身の細胞から生み出されるエーテルを感じ取る。


 少なくともレベンドラの生きた時代では、正規の兵士ともなればエーテルを意識的に操作する技術を叩き込まれる。

 魔力や霊力、闘気と呼ばれるエネルギーも大元はエーテルだ。それぞれが性質の異なるエーテルと言い換えることもできる。レベンドラは自分の中に覚えのあるエーテルとそうでないエーテルの二種を感じていた。


(これがアルファガ様に賜った竜のエーテル。この力を少しでも早く使いこなして、お役に立たなければ。そうだ、アルファガ様が愚かな人間を支配し、世界に真の平和を齎す為に。私のように利用され、裏切られる愚か者が二度と出ないように……)


 レベンドラは類まれな幸運に恵まれて、こうして自我を取り戻した上に新たな力を得られた。だが、これまで、そして今も多くの人々が瘴気を利用した兵器開発の為に、口にするのも憚られるような目に遭わされている。

 なんて愚かなのだろう。なんてくだらないのだろう。けれどそれが人間なのだ。愚かで、間違いを繰り返して、くだらないことでたくさんの命が失われてゆく。そうして歴史を重ねてきた。


(もう血塗れの歴史を変えるべきなんだ。私もたくさん殺した。民を守る為、仲間を守る為、国を豊かにする為にと、色んな理由でたくさん、たくさん。

 人間では繰り返す。けれど、長い時を生きるアルファガ様なら世代を重ねて悲劇を忘れる人間と同じ過ちは繰り返さないはずだ。少なくとも人間が人間を支配するより、ずっと良くなるはず)


 そうであって欲しいという身勝手な願望に過ぎないと、レベンドラ自身も理解していたが、そんなあるかも分からない希望に縋るほどレベンドラは人間の世界に絶望していた。

 意識の片隅ではずっとアルファガによる世界支配について考えながら、レベンドラはかつて行っていたエーテルを練り上げる作業を終えた。軽く息を吐き、全身の細胞一つ一つに満ちるエーテルの量に、感動すら覚える。


「凄いな。昔の十倍以上はある。これで竜の力に慣れたら、どれだけのことが出来るのか、怖いくらいね」


 レベンドラが驚いているのは、まだこれでも全開ではないことだ。もう少し慣らして行けば、もっともっとエーテルを自在に操り超越者の上澄み達とも戦えるようになる。生まれ変わった力を噛み締めていると、巨大な影が掛かった。


「アルファガ様」


「おはよう。朝から熱心なことだ。以前から鍛錬は欠かさなかったのか?」


 アルファガはこれだけの巨体なのに不思議と足音を立てない。膝を突こうとするレベンドラを制止し、隣で足を止める。


「お前とアネモネに用意した部屋は、元々巨人族が奴隷の使用人達に使わせていた部屋だ。使うのはずいぶんと久しぶりだが、差し障りはなかったか?」


「はい。不思議と清潔で、まるでたった今、掃除がされたばかりのようでした」


「ソルポートは墜落したが、機能の一部はまだ生きているからな。部屋が清潔に保たれていたのも、そのお陰だ」


 ソルポートが目の前の竜と反乱を起こした奴隷達によって、地上へと叩き落されたのは大昔もいいところだ。それでもまだ都市機能が一部とはいえ生きていると聞かされて、レベンドラは驚きを隠さなかった。


「巨人族はそれだけ優れた文明を築いていたのですね。人間や他の種族では、とても同じ真似は出来ません。よく反乱を起こして、自由を勝ち取れたものです」


「昔は巨人族の叡智を授けられた者も居たからな。それに優れていても、傍から見ていて不愉快な連中だったぞ。他種族をあからさまに見下して、狩りの獲物として追い立てるのを娯楽にしていた。そういう文化だとしても、俺とは合わん」


「気に食わないから巨人族と戦われたのですか?」


 伝説の中でアルファガと巨人族が戦い始めた理由は、諸説あって正確なところは分からない。もし古代の巨人族を研究している者がこの場に居合わせたなら、興奮のあまり目を血走らせただろう。


「そうだな。俺自身も狩りと研究の対象にして、いきなり襲い掛かって来たからだな。返り討ちにするのを繰り返している内に、奴隷達の反乱も重なっただけだ。それに……」


 アルファガはそこで口を閉ざして、背後を振り返った。アネモネがこちらへと近づいてきた。


「おはようございます、アルファガ様、レベンドラ殿。お話の邪魔をしてしまいましたでしょうか?」


「いや、昔話を少ししていただけだ。レベンドラもそうだが、アネモネ、お前も早起きだな」


「ふふ、アルファガ様の御心を動かすのに成功して、少し興奮してしまいました。その所為で昨夜はあまり寝付けなかったのです。私にとって絶望の未来を回避する第一歩が成功したわけですから、久方ぶりに胸が躍りました」


 アネモネは微笑を湛え、夢見る乙女のようにうっとりと語る。なるほど、確かに気が緩んでいるように見える。一夜が明けて、自分がアルファガの説得に成功したという事実を認識したのだろう。

 とりあえず元気そうではある。アルファガはレベンドラに話したついでに、ソルポートの現状について、改めて話をすることにした。


「今のところ、俺達の領地と呼べるのはこのソルポートだけだが、ここはまだ一部が生きている。昨日、世界征服の件を受けて機能を更に再起動させておいた。侵入者を阻む迷路に迷路を突破してきた侵入者を迎え撃つ防衛機構は、急ぎで必要だと判断した」


 アルファガが思念を飛ばし、ソルポートに命令して防衛機構の一部を稼働させる。ソルポートそのものがかすかに揺れる。まるで長い眠りから目を覚ますような変化に、アネモネとレベンドラが揃って周囲を警戒する素振りを見せた。

 アルファガが落ち着いているから、危険はないと分かっているが、二人が固唾を飲んで松中、バルコニーの一角に青い甲冑姿の人型が姿を見せる。


「巨人族の使っていた自動人形だ。ガドと呼んでいたかな。自動人形そのものは労働力や兵隊代わりと、広く使われていた。

 こいつらはソルポートの中に限って、保管庫から直接転移させられる。これで五人分の力と金属の体を持っているから、人間相手ならそれなりに役に立つ。

 巨人共からすれば、簡単に踏み潰せるおもちゃだが、奴隷としていた他の種族相手には十分な性能だった。奴隷狩りにもよく使われていたな。それなりの数が残っているから、ソルポートの警備に使うとしよう」


 レベンドラとアネモネが反応を見せる前に、ソルポートの各地に空間転移の青白い光が生まれて行く。ソルポートのどこかにある保管庫に残っていたガド達が、アルファガの指示によって市街に配備された証拠だ。


「迷路以外に空間転移を阻害する結界も再展開した。例えマーキングが施されていようと、これで昨日のように易々と侵入はされまい。あえて侵入させて捕らえるのも、策の一つではるがね」


 ほとんど何もしていないように見えて、次々と手を打つアルファガの姿にアネモネは溜息を零した。


「これから対策を講じなければと思っておりましたことを、アルファガ様は意図もたやすく解決なされるのですね。自分が必要ないのではと思ってしまいますね。有能過ぎる主君も、時には考えものだとは思いもしませんでした」


「巨人族の遺産を好き勝手に使っているだけだ。この間の連中が求めていたのは、こういう遺産だったろうが世界征服を狙うからには、有効活用しないとな」


 一見すれば崩壊したこのソルポートのどこにこれらの遺産が眠っているのか、アネモネには検討もつかなかったが、これから数多くの国家と戦う事を考えれば嬉しい誤算には違いない。

 彼女の見た未来でアルファガは孤軍奮闘していたが、超越者達を相手に役に立つような品は眠っていなかったのか、あるいは破壊されてしまったのか。


(遺産の全てを明かしてはくれないでしょう。もっと信用されるように動かなければ、私の望む未来には繋がらない。中途半端なところでアルファガ様に倒れられては困るのよ)


 アネモネが心中で思案を巡らせている中、レベンドラはじっとガドを見ていた。値踏みしているようなその姿に、アルファガはピンと来て話しかける。


「ガドの性能を確かめるか? これからソルポートの警備の一端を任せる相手だ。どの程度、戦えるのか把握しておくのは必要だ。それに、レベンドラ、お前も今の実力を確かめておきたいのだろう?」


 レベンドラは正しく自分の考えを言い当てるアルファガに、はにかみながら首肯した。人間とはまるでかけ離れた相手だが、なかなかどうして観察力の賜物か、レベンドラの思考をよく理解している。


「はい。可能であれば実戦形式で私とアレの双方を確かめさせていただきたく」


「では、その恰好では動きづらかろうよ。これに着替えてからにしておけ」


 ふわりと空中に青いボディスーツが出現し、レベンドラがそれを受け取った。滑らかな質感のソレは、レベンドラの知らない素材で作られているようだ。更にレベンドラの足元に白いブーツとベストが追加で出現する。


「並みの金属製の鎧よりは頑丈に出来ている。万が一、ガドの攻撃が命中しても打撲で済む」


「ありがとうございます。私の為にこのように施し下さり、感謝の極み」


「いちいち大仰だな。この程度のことでそこまで畏まらんでいい。ほら、中に戻って早く着替えて来い」


 弾かれるように城内へと戻ったレベンドラは、大急ぎで着替え終えてすぐにバルコニーへと戻ってきた。アルファガの目測が正確だったのか、ボディスーツはレベンドラにきつ過ぎず、緩すぎず、ちょうどよくフィットしている。

 レベンドラはしきりに体を動かして、動きが阻害されないかを確かめている。驚くほど体に負担はなく、まるで何を着ていないかのよう。


「お待たせいたしました、アルファガ様、アネモネ殿」


「レベンドラ殿、武器は? アルファガ様ならいくらでも用意してくださると思いますが」


「いえ、まずは動きを確かめようかと。素手でも戦えるように訓練していましたから」


 レベンドラとガドが十メートルの距離を置いて、正面から向かい合う。早朝の清らかな風が両者を撫でる。

 アネモネはじっと両者の様子を見守っている。観客に過ぎないというのに、緊張しているようだ。そんなアネモネに対して、アルファガなどは気楽な様子だ。んん、とわざとらしい咳払いをしてから一言。


「それでは始め」


 ガドは弾けるようにバルコニーの床を蹴った。弓から放たれた矢のような速さに、アネモネは思わず目を見張った。金属製の身体を持っている分、動きは鈍重なのだろうという予想を大きく裏切られたのだ。

 十メートルの距離は瞬く間に短くなり、ガドは最小限の動きでレベンドラの顔面を願って、最短距離で拳を振り抜いた。拳闘のお手本のような拳を、レベンドラが左手を添えて柔らかく逸らす。


 人間の頭蓋を簡単に腐った果実のように潰す一撃を、そよ風のように優しい動作で無力化する技量は、レベンドラの経歴を考えれば妥当であったかもしれない。

 わずかな遅れと共にガドの左手刀が大鉈の威力で振り下ろされる。狙いはレベンドラの右首筋。こちらもまた命中すれば、人体なら簡単に首の骨を折り、そのまま肉を割いて胸まで抉り込む。


「ふっ!」


 レベンドラの唇から鋭い吐息が零れ落ち、至近距離からの右の肘打ちがガドの胸部に炸裂した。金属と金属の激突する音がバルコニーに響き、アネモネがびくんと肩を震わせる。

 ガドは右肘を受けた勢いのままに吹き飛び、バルコニーを飛び越して市街へと落下していった。あまりに呆気ない決着に、レベンドラは予想以上に威力が乗ってしまい、気まずそうにアルファガを振り返る。


「申し訳ございません。ガドはアルファガ様のものであるのに、壊してしまうなんて。いかようにも罰をお与えください」


「気にするな。壊れても治せばいい。アレは道具だからな。それに変わりもまだたくさんあるし、生産設備も近い内に修復して再稼働させる」


 生産の為の資源は少し集めないといけないが、とアルファガは言わないでおいた。レベンドラが壊した責任を取りますと言って、ソルポートから考え無しに飛び出して行きかねないからだ。


「それよりもどうだ? 身体は思う通りに動いたか? 見たところ、思った以上に力が出てしまったようだな」


「はい。昔と同じ要領ではやり過ぎてしまうだろうと、多少、力を抜くつもりで打ちましたがあのようになってしまいました。アルファガ様に作り替えていただいた身体は、この上ない武器そのもののようです」


「そうか。昔よりも動きが悪くなったと言われたらどうしようかと思っていたぞ。あれでは肩慣らしにもならなかったろう。もう少し運動しておけ」


 再びアルファガがソルポートの管理機構に思念で接続詞、保管庫から追加のガドをバルコニーに出現させる。二体、三体、四体と数を増やすガドの手には今度は大剣や長剣、大楯、長槍などが握られていた。

 今度は武器を携えたガドらを前に、レベンドラの真っ赤な瞳は爛々と輝きを増す。アルファガが口にした通り、先ほどの模擬戦では肩慣らしにもなっていなかったのだ。

 これからアルファガの役に立つ為にも、レベンドラは自分自身の性能を詳細に把握しなければならない。


「アルファガ様の御慈悲に心より感謝いたします。どうぞ、まとめて襲ってくるようにガド達へ御命じくださいませ」


「ほほう? それだけ自信があるか。いいだろう。ま、怪我だけは気を付けろよ。では、やれ」


 アルファガの言葉に反応して、ガド達が一斉に動き出し、レベンドラもまた。アネモネとアルファガの見守る中、レベンドラが模擬戦を終えたのは合計三十体のガドを叩き潰した後だった。

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