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侵入者

 アルファガは改めてアネモネを見下ろした。

 竜に人間を支配せよと進言してきた、人間の裏切り者と人間から罵られてもおかしくない女性は、色違いの瞳でアルファガをじっと見つめている。

 千年の帝国を築けと進言してきたのだから、少しくらいは道筋を考えているだろう。まさか、決意させるだけが目的でなんの案も持たずに来たわけではないとはずだ。


(無策と言ってくれるなよ)


 アルファガは一抹の不安を抱きながら、アネモネに今後の活動について尋ねる。ただアルファガの武力で世界中の軍を倒し、国々を降伏させるだけでは、世界を支配したとは言えないだろう。


「それでお前はどんな準備をしている? なにかしらの案や計画はあるのか? まさか俺の武力だけを頼みにして、ここまで来たわけではあるまい」


「はい。まずはこちらをご覧ください」


 アネモネが腰のベルトに括りつけたポーチから、丸められた大きな地図を取り出した。どう見てもポーチに収まる大きさではない。魔法の品なのだろう。

 広げられたのは世界地図だ。それがいくつかの線と色で塗り分けられ、国名らしい文字が書かれている。


「これが現在の大陸の情勢となります。アルファガ様の居られるこの廃城がこちら」


 アネモネの指が大陸南西部の半島を指さす。峻険な山脈の一角にこの廃城があり、北、西、南に山脈が広がってその先に海がある。大陸内部へ向かうには東に進路を取るほかない。


「地形はそう変わっていないな。近くにあるのは都市国家がいくつかと、目立つのはエレイドという国か」


「はい。最初に障害となるのはこのエレイド国とその友好国になるでしょう。私はこちらの都市国家ラクドの市長と縁を結んでおります。ラクドの他にも都市国家がありますが、いずれもエレイドに脅かされ、人狩りで市民を誘拐されることも珍しくありません」


「人狩り? 奴隷制度か?」


「その通りです。エレイドは国策として奴隷売買を積極的に行っております。表向きは奴隷制や人身売買を否定している国家でも、秘密裏にエレイドを利用している例も……」


「巨人族の奴隷だった人間が今度は同族を奴隷にする時代か。あれだけ自由を求めて戦っていた種族の末裔がこれでは、先祖も浮かばれまい。話を戻すが、エレイドの脅威に晒されている都市国家に俺を売り込む予定なのだな?」


 かつて巨人族の圧政に対し、声高に独立と自由を訴えて戦った人間の先祖達を思い出して、アルファガは大きな嘆息を零す。

 大きさが大きさだから、アルファガにとってはただの鼻息でもアネモネにとっては強風だ。アネモネの真っ白い髪がぶわっとなびいた。不思議なことにアルファガの息からは、果物のように甘い匂いがした。


「はい。ラクドは他の都市とも協力関係を結んでいますが、エレイドが本腰を上げれば抵抗は出来ないでしょう。そこに伝説で謳われるアルファガ様のお力を提示すれば、彼らに手を取らない選択肢はありません」


「竜に支配されるくらいなら、奴隷になる方がマシだと言われなければいいがな」


 まず躓くとしたら、ラクドがアルファガの助力を拒否した場合だろう。アルファガには、ありありと拒絶される様子が想像できた。


「そこはアルファガ様の築かれる帝国次第かと。ですがエレイドにおける奴隷の境遇が、いかに悲惨であるかは広く知られておりますし、慈悲を示されれば彼らはアルファガ様の第一の家臣となるでしょう。

 そうしてエレイドの攻勢を退けられれば、アルファガ様のお力を頼み、傘下に加わろうとする勢力が増えます。そうして国を大きくして参りましょう」


 机上の空論だな、と前置きしてからアルファガも意見を口にする。


「人間視点の贅沢や放蕩、財宝に興味はない。生命と財産の保証は最低限しなければなるまい。それで、ラクドを根城にして兵を集め、まずはエレイドの征服か。

 そうなれば周辺の友好国と、奴隷売買で利益を得ている連中も、俺を討伐しろと鼻息を荒くする。そこからが大陸征服の本番だな」


「はい。そしてなにより、アルファガ様の世界征服の障害となるのは、十万の軍勢ではなく一人で十万の軍勢に匹敵する力を持つ“超越者”達に他なりません」


 “超越者”。この場合には、極々稀に誕生する人間の限界を超越した膂力や知力、霊力を持つ個体を言う。

 人間に限らず他の種族の中にも生まれる存在で、往々にして種族の危機に姿を見せる傾向にある。姿は同じでも別の種族と呼べるほど、強大な力を持った存在であるのはどの種族でも同じだ。


「昔、巨人達と戦っていた時にも居たものだが、俺にとってはお前の言う通り、有象無象が十万集まるよりも面倒だ。それで何人ほどいるのだ?」


「例え超越者でも並大抵の者であれば、アルファガ様の敵とはなり得ないでしょう。超越者の中でも突出した力を持つ者達は五英傑と呼ばれております。

 この五人は国を治めている者も居れば、国に仕えている者も、あえて在野に居る者もおります。そして存在を秘匿している者も居るでしょう。

 私の見た未来では、五英傑らしき者達とアルファガ様と対峙し、それに無数の人間が続いておりました。畏れながら戦いの結末までは……」


 アネモネが詫びるように目線を伏せるのに対して、アルファガは大して気にした素振りを見せない。


「気にするな。最後に戦った超越者は巨人族の奴だったが、超越者と戦うのには慣れている。そう簡単に負けはせん。

 しかしその超越者達が手を組めば、人間の支配くらいは簡単に出来るだろうに、面倒なしがらみでもあるのだろうな。

 まあ、敵を気遣っても仕方がない。負けるつもりはないが、確実に勝つには俺の側にも超越者か、少なくとも俺と共に戦える強さの者を用意するのが合理的だな。当てはあるのか?」


「今は五英傑の中で隠遁している者や名の知れた猛者達を始め、アルファガ様の手足となるのに相応しい者達を選抜しております。申し訳ございません。まだ配下につきましては、十分に揃えることが叶わず」


 アネモネが深く頭を下げるのに、アルファガは頭を上げるように言ってから、こう告げた。


「すべての準備を整えようとしたら、お前の寿命が先に尽きてしまうだろうさ。それに、アネモネよ、いかにも準備不足な状態で俺を訪ねてきたのには、理由があるのだろう? さしずめ、今日、この時ならば俺がお前の説得に耳を貸す未来が見えたのか?」


 アルファガに人間の支配を願ったとはいえ、別にアネモネは人間の代表でもなければ、一国家の長と言うわけでもない。

 そんな立場では用意できるものにも限りがあるのは明白だ。それにしたって、この場でアネモネが切れる手札はあまりに少ない。それでもなおアネモネがこのタイミングを狙った理由を、アルファガは察していた。


「慧眼、恐れ入ります。はい、私には視えたのです。アルファガ様が瘴気を利用した兵器と戦うお姿が。実際に戦争で使われている兵器を目の当たりにされれば、世界を支配する必要性を実感していただけると愚考いたしました」


「先に俺がお前の願いを承諾したが、良い機会なのは確かだ。お前の言う通り人間達が瘴気をどう利用しているのか、そしてお前も俺の力が実際どの程度なのかを確かめられる。

 勘違いはするな。お前を咎めるつもりは微塵もない。俺も人間達の争いが、どれくらい他人事ではないのか確認するのにちょうど良い」


「はは、寛大な御心に感謝いたします」


 さっそく忠実な家臣のようにふるまうアネモネに苦笑いを零しながら、アルファガは四本の脚を伸ばして体を起こす。

 そうして首を巡らせて、ある一点で動きを止めた。アネモネも立ち上がって、同じようにアルファガの視線の先を見つめる。


「お前に見えていたかは知らんが、アネモネ、この十日余り城の周りをウロチョロと嗅ぎまわっている連中が居た。

 俺に襲い掛かってくるわけでもなかったから放置していたが、仕掛けるつもりになったらしい。狙いはこの城の財宝か。それとも俺の命か。降りかかる火の粉は払わなければなるまい。お前の見た未来の通りと言うわけだ」


 どうやらアルファガはアネモネと会話しながら、廃城に侵入した何者かについて把握しているらしい。

 現世に於いて最強の種族と呼ばれる竜、その中でも極めて希少とされる混沌竜だけあって、常識外れの知覚能力を持っているようだ。


「どれ、盛大に歓迎してやるとするか」


 アルファガは久しぶりの戦いを前に、どこか高揚している様子だ。彼にとって長く続いたまどろみの時間がようやく終わりつつあった。アネモネは活き活きとし始めるアルファガを、色違いの瞳で食い入るように見つめている。

 彼女の本当の悲願が果たされるかどうかは、目の前の混沌の竜に懸かっているのだから。

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世界観とスケール感がすごい
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