住居案内の終わり
ビウネ達との小旅行はそう時間を掛けずに終わった。広大な塔の中も彼女達の美しい翼に掛かれば、大した距離ではなかった。
現在の塔はへし折れた箇所が頂上となり、雨風が好き放題吹き込む有様となっている。近づくにつれて差し込む光が強くなり、やがて現在の頂上へと到達する。
ちょうど円盤状の展望台のあるフロアで折れた為、広々とした空間がアルファガ達を待ち受けていた。
塔の中心を貫くエレベーターも螺旋階段も、ついでに天井もなく晴れ晴れとした空が一面に広がっている。
残念ながら天井を失った展望台フロアは瓦礫が散乱する有様だったが、元々が巨人サイズであるから、ビウネ達にとっては持て余すくらいのスペースが残されている。
ビウネとアルファガ達がまとめて降り立ち、アルファガ以外はしげしげと荒れ果てた展望台フロアの様子を眺める。
「やれやれ、高さはともかく快適な住み心地は約束できるものではなかったな」
申し訳なさそうに呟くアルファガをエレクトラが眩い笑顔で励ました。
「気にしないで、アルファガ様。一から自分達の家を建てていいんでしょう? 瓦礫をどかせば、こんなに広い空間だもの、どんな風にしようか今から考えるだけでも胸がワクワクするもの!」
どうやらエレクトラはアルファガへの励ましがないわけではないが、本気で楽しみにしているようで、他のビウネ達も今から部屋割りやインテリアの話などをしている。
中には自分よりも大きな瓦礫を持ち上げて運んでいる物まで居る。以前だったら動かすことも出来なかった瓦礫を軽々と動かせるのに、感動している者もいた。
「エレクトラ殿、人手が必要な時には我々にお声掛けくだされば、いつでも力になろう。我々だけでなく他の方々も喜んで手伝うに違いない」
「そうね、イシリュウさんの言うとおりだわ。私達はなにが出来るのか、今から考えないとだけれど。なにかアクセサリー作りでも手伝おうかしら?」
力仕事ばかりでなく細々としたモノ作りも特異なディノイドに対し、陸上での行動に支障のあるギョレイドは少し悩み気味のようだった。
「あまり悩む必要はないと思うぞ、ネレイ。ギョレイドに限らないが、お前達のエーテルに対する理解を深めていけば、ギョレイドでも空を鳥のように飛べて、ビウネも水の中を魚のように泳げるようになるだろう」
「え? そうなんですか? 空を飛ぶ魚なんて見たことありませんよ? 私が知らないだけかもしれませんけど……」
「言ったろう? 万物はエーテルによって成り立っている。水も風もだ。お前達の努力次第でコツさえ掴めば水の中でも飛べるように、風の中でも泳げるようになる」
ネレイは自分が空を自由に泳ぐ姿を想像してみた。それはきっととても楽しいことに違いないだろう。イシリュウは水の中を飛ぶのも、空を泳ぐのも想像が難しかったらしく、苦笑して小さく肩を揺らす。
「我には想像力が足りておらんようだ。砂の上を速く走るか、深く潜るのなら得意だが、同じようには想像できなんだ」
「出来ないと決めつけるのは止めておけ。出来るという考えよりも出来ないという考えの方が大きくなって、余計に難しくなる」
「ふうむ、心得ておく」
回答も生真面目なイシリュウに微笑を零しアルファガは、展望台の縁に立つエレクトラ達に視線を向ける。
空が飛べるからか落下を恐れない所業で、眼下に広がる絶景を楽しんでいるようだ。ネレイや他のギョレイド達は、エレクトラ達を止めるべきかどうか、あわあわとしている。
ギョレイドからすればこんな高所に来たことはないだろうし、エレクトラ達がこの状況を楽しめているのは、まるで共感できないことかもしれない。
「わっはははは、すごいねえ、皆、とってもいい光景だよ。空から眺めるのもいいけど、ここから眺めるのもいいよ。ほらほら、みんなおいでよ!」
「良い眺めなのは分かったから、もう戻っておいでよ。あなた達は平気でも、私達に子の高さはちょっと怖いかな!?」
「あの大きな雲で運んでもらった時は、もっと高いところを飛んだじゃない。それなのに怖がるのは変だよ? それにアルファガ様が居るから大丈夫だよ。ね、アルファガ様」
「俺の目の前で不慮の事故は起こさせんよ。エレクトラ、どうだ、ここで暮らしていけそうか? 嫌なら別の場所を考える。問題が無ければ家を建てる準備を進めよう」
「うん、大丈夫です。ね、みんな」
エレクトラの言葉に他のビウネ達はそろって頷き、同意した。塔の外との簡単な連絡手段や翼のない者用の移動手段、例えばエレベーターの復旧などもしてゆく必要はあるだろうが、それはまた後でも間に合う話だ。
「エレクトラ達が納得したのならなによりだ。では次に行くぞ。ビレイ、お前達の住居だぞ」
これまでアルファガの案内してきたドリュウドの地下倉庫やビウネの塔は、当人達には大変好評だ。
それならこれから案内される自分達の新居も、きっと素敵な場所に違いないとネレイ達は先ほどまでの怖がりようが嘘のようにはしゃぎ始める。
「ふふ、今度は私達の番なのですね。ふふ、ああ、あそこに見える湖ね? とっても広い。深さはどれくらいかしら? あそこにもなにか遺跡があるの、アルファガ様?」
「巨人族の作り出した水棲生物や怪物の住処と観測所があったな。水遊び用のボートもあったが、今頃は全て死に絶え、設備もほぼ藻屑と化しているだろう。良くも悪くも綺麗ではある。お前達の好きにしていい場所だ」
「それなら私達で他の種族の人が暮らしたくなるような場所にしないとね。アルファガ様、早く連れて行ってくださいな」
「おう。それなら要望に応えて風のように速く行くとするか」
ネレイ達の期待を感じたアルファガがやる気を見せて、翼を広げるのに合わせて自分達の身体がふわりと浮かび上がり、ネレイは言葉を間違えたのを悟った。
「え? ……あ、あ~。あるふぁ……」
「では、行くぞ」
ネレイが訂正するよりも先に、アルファガがネレイとイシリュウ達とまとめて浮かび上がる。ネレイの思った通り、アルファガは彼女達と一緒に半壊した展望台から飛び上がる。
ギョレイド達はそろって諦めた顔になり、イシリュウを始めとしたディノイドは着物座り方が違うのか、先ほど同様に楽しそうですらある。
「~~~~~~!?」
一瞬の浮遊感の後に全身を襲い来る落下の感覚。周囲に自分達を支える水の感覚はなく、抗えない水流に飲まれた時に近い恐怖がネレイ達の頭の先から尻尾の先まで広がって行く。
悲鳴を上げそうになる口を両手で抑えて、ぎゅっと固く目をつぶるネレイ達の耳に余裕たっぷりのイシリュウの声が届く。
「ほほう、これもまた素晴らしき絶景かな。ネレイ殿、怖がるのも分からなくはないが、この状況を楽しまないのは損でないかと思うぞ」
言葉にならない怒りが口から飛び出そうになったネレイだったが、イシリュウに悪意がないのは確かだから、仕方なく恐怖を押しのけて目を開く。イシリュウに悪意が欠片でもあったなら、こちらも怒鳴り返せるのに!
「うう、うん? ああ!」
そうして怖がりながら目を開けたネレイ達が見たのは、降り注ぐ陽光を浴びてキラキラと輝く湖面と延々と続く時の流れるままに廃れた市街地、黒みがかって見える濃緑の木々、その色が生える灰色の山脈。
大地に倒れ伏す巨大な龍の如く山脈の西側には、黒ずんだ海が湖同様に陽光を浴びてキラキラと輝いて、夜の星空が海に落ちてきているかのように美しい。
「ああ、綺麗ね。本当にいつ以来かしら、美しい海を、湖を見たのは。あの薬臭い水に満たされた水槽に戻らなくていいのね。私達」
光の届かない水底に閉じ込められるよりもずっとずっと、あの気色悪い水槽の中に閉じ込められて、実験のたびに引き上げられて苦しみと辱めを与え続けられた記憶は、ようやく過去になったのだ。
もうあの経験が未来になることはない。ネレイは空を飛ぶ行為への恐怖を忘れて、ようやく自分の魂が呪縛から解放されたのを悟った。
「ふふふ、よきかなよきかな」
こちらを見て悟った顔でそう呟くイシリュウは、やっぱり少しだけムカついたけれど。
目をつぶっていると周囲の状況が分からず、却って恐怖感が増すとネレイが学習している間に、アルファガはあっさりと湖に到着し、衝撃一つない軽やかな着地をする。
都市の中にあるとは信じがたい広さの湖だったが、このソルポート自体もネレイやイシリュウ達の想像を超えて広い。
昨夜到着した時には、夜だったので詳細が分からなかったが、流石はかつ世界を席巻した巨人族の首都。規模が現代を生きるイシリュウ達とは桁違いだ。
水辺にネレイ達が降ろされて、彼女らは恐る恐る水面に手を入れる。見る限り、澄んだきれいな水だが、清らかさも過ぎれば生物には毒となる。
アルファガの推測通りならもはや生物の絶えたこの湖は、生物が居ないからこそ澄み渡って、静寂に満ちているわけだ。
「うん、水はきちんと流れている。湖の外とも繋がっていて、綺麗すぎるくらいに綺麗だけれど、小さな生き物ならいるわ。ふふ、私達がここで暮らしても誰かの住処を奪う事にはならずに済みそう」
「そうか。無用な争いが無いのはいいことだ。近くに監察の為の水上施設がある。すぐに使える住居となるとそこになるだろう。水中にも同じような施設があったと記憶している。
何度も言っているが、入用なものは遠慮しないで言えよ。お前達をあの収容所から連れ出した時から、それくらいの面倒を見る覚悟はしている」
「ふふ、まるで稚魚みたいに手厚く保護してもらって。私達はアルファガ様に何を返せるのかしら?」
「見返りを期待してのことではないが、施されるままでは心苦しいか?」
「与えられるばかりでは、どんどん貴方に依存していってしまいそうだし、堕落してしまいますもの」
「それもそうか。かといってこれを対価に臣下になれと言うのは、卑怯だしな。そうだな、住むついでにこの湖の状況をお前達の視点から分析して、教えてくれればいい。
水上に家代わりの船を浮かべて暮らす者達は居るが、水の中で暮らすのはお前達ギョレイドならではだからな。お前達以外の住人が出来た時、あるいは似たような状況に陥った時、お前達の集めた情報があれば役に立つだろう」
「あまり役立つ機会はなさそうですね。ごめんなさい、お礼の仕方さえアルファガ様に委ねてしまって」
さきほど、依存してしまいそうと言った矢先にこれだ。ネレイは自嘲を隠さなかった。
アルファガとしては本当に気にしなくていいのだが、生命と尊厳を救われた者達にとって救い主になにひとつ返せないのは、心底から心苦しいのだとアルファガは理解が及んでいなかった。
「なにまずは暮らしてみてからだ。今は良くても後で問題が出てくる可能性もある。それに俺が居なくてもお前達が自力で移動できるように水路を引くか、エーテルの扱いを習得するよう努力して貰わないとな。
まだまだやるべきことは多い。お前達に限らずドリュウドもディノイドもビウネも、そして俺自身もな。だからこそ焦らず、余計な力を肩に入れないようにしておけ」
「はい。心に刻みます」
堅苦しい返事だな、とアルファガは苦笑いを一つ零してから頭上を見上げる。三か所の住居候補を見て回る内に、それなりに時間が経過している。ぼちぼちソルポートの広場に戻って、例のアレについて話を進めてもいい頃合いだとアルファガは判断した。
「よし、するか、面接」




