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四種族

 存在を知ってはいても、扱い方までは知らなかったエーテルの操作を教えられた人々は、アネモネの想定よりも随分と早く初歩的な扱いを習得していった。

 操作を覚えたての頃に、エーテルを垂れ流しにしてしまい気絶する、というのが初心者の定番なのだが、アルファガによるフォローによって、そういった事態を防がれている。


「全員が天才と言わなくても、才能があると言われるレベルで習得が早いですね」


 人々の前歴を考えればほとんどが普通の民であったから、人間の誰もがコレくらいエーテルの習熟に長けていたら、教える側はずいぶんと楽だったろう、とアネモネはかつての師匠達を思い浮かべながら言った。

 アルファガはアネモネの言葉を拾い、素直な感想を口にする。


「そうか。俺が見ていなくても簡単に気を失うような真似をしない程度だぞ」


「それを学びたての人間は大抵、してしまうのです。ましてやエーテルの活性化による身体機能の強化を、程度の差はあれほとんどの者が出来ています。私の知る指導者のほとんどは、目の前の光景を見たら羨むか妬むか……」


「彼らの心身に俺のエーテルが混じっているから出来る芸当だが、教わる側に教える側のエーテルを流して、軽く操作するくらいは人間でも出来るだろう?」


「エーテルを知覚させるていどは出来ますが、この人数をまとめて相手にして他人のエーテルに同調して緻密に操作するのは、アルファガ様が思うほど簡単な話ではないのです」


「ふうん。今回は例外のようなものだから、国を興すのなら俺でなくても教えられる者を増やさねばならんな」


「はい。もっとも大事な君主はおられますが、国と呼ぶにはまだまだ足りないものが多くございます」。これからもっともっと、貪欲なほどに集めなければなりません」


 熱意を見せるアネモネにアルファガもなにか思うところがあったようで、視線を一度だけ視線を振り返る。


「好き嫌いせずに使えるものは使ってゆくか。……さて、そろそろ切り上げるか。これ以上はこれからの作業に支障が出るかもしれんしな」


 頃合いを見計らったアルファガの掛け声に人々の耳目が集中し、アルファガの活性化させていたエーテルと昂っていた熱が鎮静化してゆく。


「今日はここまでだ。少し休んだら必要な作業に取り掛かれ。否が応でもしばらくはこのソルポートに滞在する必要があるから、住み心地をよくしないとな」


 アルファガの言葉を皮切りにして、人々は今日の予定について話し合いを始める。とはいえまとめ役は必要だ。

 アネモネとレベンドラ、それにアルファガに国造りについて尋ねた青年を中心として、必要な作業と出来る作業、要望などをまとめ始める。二人の臣下は実に働き者だった。


「さて、そうなるとだ。ドリュウド、ディノイド、ビウネ、ギョレイドの者達は、少しいいか? お前達はヒューマンとは身体の特徴の違いもあるし、前に話したようにここでも過ごしやすそうな場所を案内しよう」


 以前の約束を守ろうと口にするアルファガに、ディノイドが真っ先に口を開いた。昨夜の食事の際、ディノイドを代表してアルファガに応答した男性だ。


「そのことなのだが、我々は特別な住居は必要ない。仲間で話し合ったが、ヒューマン達と同じで大丈夫だ。我々は元々、砂漠を流浪していた種族だがカオスエーテルの恩恵で、ここの環境でも問題はない。昼夜の寒暖差にも、不快なものは感じなかった」


「それは喜ばしい話だな。今日はどうする?」


「他の者達の手伝いをする。自分達は良いからと他の者達の苦境を見過ごすわけにはゆかん」


「ふ、生真面目というか自分から余計な苦労を背負いこむ性分だな。嫌いではない。ではお前達はお前達の考えの通りにすればいい」


 ディノイド達の主な棲息地は砂漠地帯と独特な生態系を持つ島の二つで、彼らは前者出身のようだ。ソルポートに砂漠ないしは砂の広がる一帯はないが、幸い、彼らは自己申告の通り生活を送るのに問題はないらしい。

 喜ばしい報告に続いたのはドリュウドだ。五大種族の中でもひときわ小柄な毛な彼らは、ほとんど天を仰ぐようにアルファガを見上げている。


「では僕らからもよろしいでしょうか。僕達は地下に住居を作って、地下資源を採掘して加工して暮らしている種族です。このソルポートの地下はどういった環境でしょうか?」


「ここの地下か。ソルポートそのものは縦にも広い都市だったが、この山脈に墜落した時に下の部分はかなり壊れている。当時、墜落の影響を抑える為に魔法で柔らかく着地させたが、ひどい有様になっている」


「ではこの山脈の地下を掘るのも難しいでしょうか?」


「ソルポートそのものがかなり広い。ソルポートの墜落と俺の存在で、周囲に危険な生き物は居ないが、外まで出て掘るのはかなり難しいぞ。それならここの地下で使える場所を探して、整備するのを薦める」


 アルファガが居座ってからソルポートの隅々まで調べて、地下に危険な生物兵器や殺人菌や寄生植物の類がないのを確かめてある。巨人族やかつて奴隷された人々の怨霊の類も、いない筈だ。


「なるほどぉ。では調査をさせて貰っても構わないでしょうか。この都市の建材はかなり硬そうですが、まずは実物を見てみないと」


 ドリュウド達は地下を掘る際に道具よりも自分達の手足を使う。

 カオスエーテルの恩恵で鉄を弾く毛皮と抉る爪、それを支える筋力を得た今の彼らならば、崩落したソルポートの建材を壊したり取り除いたりも出来る……か? とアルファガは首を捻った。


「俺が口で言うよりも実物を見た方が早いな。ビウネとギョレイド達の住処についてもこの後、案内するつもりだが順番はどうするか。俺でなくても分身でも案内は出来るぞ。近いのはビウネ、ドリュウド、ギョレイドの順だ」


 アルファガからの提案にギョレイド、ビウネ、ドリュウドのグループはそれぞれ話し合いを始める。

 ナラカミ収容所に連行され、アルファガに救助されなければまず出会う機会の無い種族同士だが、瘴気の実験体にされたという境遇から目立ったわだかまりなどはないように見える。

 アルファガともう答えの出ているディノイド達の見守る中、三種族の話し合いはすぐに終わった。どのグループも十人未満の小集団であるのも、早く結論が出た理由だろう。


「アルファガ様、それでは近い順に案内していただいてもよろしいでしょうか。やはりこの地を一番よく知っているアルファガ様に、直接案内していただければ安心ですから。それと名乗るが遅くなりまして、すみません。僕はモンドです」


 ドリュウドのまとめ役をしているモンドが名乗ると、ギョレイド達も次々に名前を告げ始める。


「そういえば名乗っていませんでしたね。どうしてかしら、もう名乗っているつもりになっていたわ。私はネレイです。アルファガ様」


 あの青い巻き毛のギョレイドは自分達の救い主に名乗ってすらいなかった事に驚きながら名乗り、ビウネの灰色髪の少女も続いて名乗る。


「そうだった! あたし、名前も言ってなかった。恩人、恩竜? に対してごめんなさいです、アルファガ様。あたしエレクトラ。忘れないでね!」


「では我も名乗ろう。我はイシリュウ。ふむ、しかし、モンド、ネレイ、エレクトラの言うとおりだが、もう名乗ったような、いや知り合っていたような気になっていたのはなぜだろうな?」


 それぞれの代表者達が名乗りを上げると、他の四種族の者達も次々とアルファガの周りに集まって名前を伝え始める。一人一人の名前と顔を覚えながら、アルファガはイシリュウの疑問に思い当たる節があったので、それを口にした。


「お前達にカオスエーテルを分け与えた影響だろう。お前達の人格や記憶に干渉するような代物ではないが、心身の一部になった影響で大元である俺を身近に感じ、昔から知っているかのように錯覚した。そんなところだ」


「然り、然り。共に救い出された者達に対し、同じ境遇だったとはいえ不思議なくらいに親しみと馴染みを覚えておったが、共にアルファガ様のエーテルを宿す同類、ある意味では半分は同じ種族となったからでありましたか」


「へえ、それならあたし達にもアルファガ様みたいな鱗が生えてくるのかな? それとも翼が生え変わる?」


 自分の身体が別のモノに変わるなど、かつての瘴気実験を思わせておぞましいだろうに、不思議とエレクトラは無邪気な様子だ。むしろアルファガに近づけるのかと期待している風でもある。


「どうして期待しているような眼差しを向ける? カオスエーテルを得たとはいえ、お前達の肉体を変異させるような影響はない。カオスエーテルが活性化すれば、鱗や翼を形作ることはあるかもしれんが、それはあくまで一時的なものだ」


「なんだあ、ちょっと残念」


 エレクトラがそう呟くと他のビウネ達も残念そうにするものだから、アルファガはますます訳が分からなくなる。ビウネだけでなくギョレイドやディノイド、ドリュウドまでも似たような反応だ。

 それでもディノイドはまあ、分からなくもない。五大種族の中ではもっとも竜に似ているし、竜が遠い先祖であるという学説もある。その説を信じているディノイドも、信じていないディノイドも居るとか居ないとか。


「……なぜ残念がる? 一応、お前達は元通りの身体に戻っている筈だ。なにか不満があったのか?」


 おかしいな、とアルファガは人間なら眉根を寄せた表情を浮かべていた。カオスエーテルで人々を浄化した時に、彼ら自身の記憶と魂の情報を参考にして完璧に──健康体にしつつ──元に戻している。

 アルファガとしては息をするくらい簡単なことだったので、失敗はない筈だ。今日まで特に調子を崩した者も出ていなかったので、少し油断していただろうか。


「だってアルファガ様はあたし達を助けてくれたし。アルファガ様に近づければ、もっと強くなれる証拠じゃない? それならもう二度とあんな目に遭わないし、仲間や家族を合わせないで済むもの!」


 エレクトラの言葉と同意する他の者達を見て、アルファガはエーテル操作の訓練中にあった、少女とレベンドラの会話を思い出した。

 エレクトラ達もまた力が足りず、理不尽な目に晒されて尊厳までも踏みにじられた者達なのだ。ならばもう二度とあんな目に遭うまいと、力を求めてなんの不思議があるだろうか。


「そういう理由か。それならばそういう考えを抱いても言うことはないが、お前達は確実に以前よりも力をつけている。超越者だったか。鍛えればそういう連中とだって渡り合えるだろう。

 ここに居る間は俺が庇護するし、いつかは世界を征服するんだ。お前達が俺の庇護するべき民になるのは今か後か、時間の問題に過ぎない」


 それはアルファガなりの慰めの言葉だった。もう世界征服をすると決めたからには、どうしたってこの場にいる誰もが彼の民となり臣下となるのだ。例えここを離れてもいつかはアルファガの庇護に入る、だから安心しろと伝えているつもりなのである。


「そっか、そっかあ。アルファガ様は世界を征服するんだもんね。戦いがなくなるんだもんね。それなら、あたし達みたいに兵器を作る為の実験に使われる人も居なくなるんだよね」


「争いは起こさせんし、瘴気は研究そのものは治療方法の発明にもつながるから、全てを否定はしないが、兵器の研究は許さんよ。俺の支配する世界で二度とお前達のような犠牲は出さん」


 アルファガとしては大仰に言ったつもりはなかったし、彼の中で確定した事実を語っているだけで、世界征服の大義や理想を語っているつもりさえなかった。

 だが実験の犠牲にされた当事者であるエレクトラ達にとっては、なによりも欲する言葉だった。そして、その言葉を裏付ける力を感じさせる相手である。

 アルファガは彼の意図していないところで、エレクトラ達に夢を見させていた。限りない安心を与えるのだった。

 この時、エレクトラ達の心は決まったのだと、アルファガは知る由もない。

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