初心者向けエーテル講座
アルファガ監修の下、行われるエーテル操作の講習において、レベンドラはともかく張り切った。表情だけは凛々しく、絵に描いた理想の騎士そのものだが、内心は崇拝する主君に褒めてもらいたくて仕方のない忠犬みたいなものだ。
カオスエーテルを宿した者としてはほぼ日数の変わらない彼女ではあったが、天性の才能と前歴の経験によって精妙なエーテル操作が可能で、指導者としての経験があったのも功を奏した。
「あなたの場合は力むのに合わせて、炎が燃えるのを想像して。腕に力を込めるなら、それに合わせて腕が熱を持ち、そして燃え盛り始める。熱いけれど決して火傷はしない。なぜなら、その熱はあなたの一部でもあるから」
真摯な表情のレベンドラから直に指導を受けて、十代初めごろの少女がか細い腕に力こぶを作ると、それに合わせて腕の内側からエーテルの光が強く立ち昇り、纏わりつく。
普段、周囲に発散されているエーテルと意識的に作り出されたエーテルの二種が混ざり合い、より大きな力となっている。
「わ、わ、わ、ほんとだ。すごいよ、燃えているみたい。なのにぜんぜん、熱くないの。怖くない!」
「うん、よくできた。そうしたら今度はその熱を収めようか。いつまでも力を込めていては、疲れてしまうからね。大切なのは必要な時に必要なだけの力を、必要な時間だけ使うことだ。ちょっと難しいが、慣れれば出来るようになるよ」
「ほんとう? 騎士様。そうしたらあたしも、お父さんもお母さんももうひどい目に遭わされなくなる?」
少女の無邪気な喜びの言葉に対してそれが発せられた経緯を察して、かすかに眉根を寄せて悲しげな色を浮かべる。それでも少女の笑顔を前にすぐに引っ込めて、見る者を安心させる笑みを浮かべる。
「大丈夫、大丈夫だとも。今度は私が守る。アルファガ様も守ってくださる」
「ほんとに? 大丈夫? もう怖くない?」
「ああ、もちろんだとも。アルファガ様の騎士であるこの私、レベンドラが約束する。私の全身全霊をもってあなたとあなたのお父さんとお母さん、それにここに居る人達を守ってみせる」
レベンドラは少しだけ深く息を吸い、少女に守れるという根拠を分かりやすく見せる方法を取った。
レベンドラの全身を巡るエーテルが爆発的に勢いを増し、可視化されたエーテルがレベンドラを中心して天へ向かって最初はゆっくりと、徐々に速度を増して立ち昇る。
滝が地上へ落ちるのではなく天へと昇って行くかのように、無数の煌めきを纏うレベンドラのエーテルは途方もない量と質を伴って、人々の目に焼き付く。
それはこの同僚を見定めていたアネモネの色違いの瞳にしても同じことで、レベンドラが想像を超えた強者であるのを、アネモネは一瞬で理解して息を呑む。
「わあ、ふふふ、あははは! すごい、すごいすごいすごい! 騎士様、とおってもすごいのね。これならどんなに怖い人達がやってきて、あたし達にひどいことをしようしても、もう大丈夫だわ。へっちゃらよ!」
「そうだろう? 自分で言うのもなんだが、私は結構、凄いんだ。そして我が主君、この争いに満ちる世界を変えてくださる御方、混沌竜アルファガ様はもっとすごい」
「すごいの、アルファガ様はもっとすごい?」
「ああ、もちろんだとも。なにしろ私を救い、あなた達を救い、更にはこの世界までも救う御方なのだから。私の倍、いや五倍、いやいや十倍はすごいぞ!」
なんだか雲行きが怪しくなってきたな、とアルファガが思っている矢先、レベンドラはどんどんと調子に乗って、話を盛ってゆく。
アルファガの本来の戦闘能力などまるで知らないのに、つい口を滑らせたと言おうか、本気でそれくらいアルファガは凄いのだと信じ切っていると言おうか。
レベンドラだけでなく話をしていた少女、更に周囲の人々からも多くの期待と少しの疑惑の視線を向けられて、アルファガはやれやれと言わんばかりに少しだけ体を起こして、辺りを見回す。
(誰かに悪意ではない視線を向けられるのは、アネモネが来るまではずいぶんとなかったことだ。正直、悪い気分ではないな)
アルファガは分かりにくいが竜なりの微笑を浮かべて、少し声を張る。
「さて、俺がレベンドラと比べて五倍すごいのか、十倍すごいのか……」
ささやかな見栄を込めてアルファガは翼を広げ、いかにも竜らしく見える姿勢を取り、レベンドラ同様にゆっくりと巨体からエーテルを放出し始めた。
最初はアルファガの全身からゆっくりと煙のように立ち昇るエーテルが、徐々に勢いを増して行き、そのまま爆発的な速度でレベンドラをはるかに上回る勢いとなる。
レベンドラが滝ならばアルファガのエーテル放出は火山の噴火を思わせた。立ち昇るエーテルは黒曜石のような煌めきを内包し、その量はレベンドラの十倍どころではない。
アルファガによってエーテル操作技術の初歩を学んだ人々は、自分達の救い主の凄さを完全には理解できなかったが、まるで太陽のように直視するのも憚られるほど途方もない力の主である事だけは分かった。
「どれだけすごいのかはお前達で決めるといい」
ただアルファガのエーテルは太陽のように見る者の目を眩ませるのではなく、見る者の魂までも引きずり込むような黒であったけれど。
例え魂を引きずり込まれようとも本望だ、と言わんばかりにレベンドラが恍惚とした表情でアルファガを見つめていたが、流石にそんな表情を浮かべるのはレベンドラくらいのものだった。
一通り、二百名余りの人々がエーテルの感覚を掴めたところで、初回のエーテル操作に関する講座は終了した。
その中でもヒューマンよりも種族単位でエーテル操作に優れるビウネ達の習熟は速く、彼らが教師役を担えるのもそう遠くない、とアルファガに思わせた。もしそうなったら、嬉しい誤算と言える。
不治の病とされる瘴気に侵されたとして、ナラカミ収容所に送られた彼らだ。果たして帰郷を望んだとして迎え入れられる者がどれだけいるか、アルファガにも分からない。
あるいは再び収容所送りにされる可能性の方が高いかもしれない。もし故郷に無事帰れたとしても、その後、ルドニアの影で好き勝手していた黒幕達か、あるいは瘴気兵器を運用している国家に目を付けられる可能性だってある。
わざわざ瘴気兵器に変えた人間を元に戻せるとなれば、表向きの瘴気の治療に対する歴史上初の治療法の開発に成功したと宣伝できるし、瘴気兵器化に失敗した人間を再び元に戻して、成功するまで繰り返せるようにもなる。
アルファガによる浄化は厳密には肉体の生まれ変わりに近いもので、元通りに治療しているわけではない。それでもカオスエーテルに変わる触媒を見つけられれば、人間は悪意ある使い道をいくらでも思いつくだろう。
(故郷を丸ごと焼かれて連れてこられた者達もちらほら、か。手間と面倒が徒党を組んでやってくるようなものだが、全員、俺の臣下に加わった方がよいのではないか? いっそ有無を言わさずに引き取ってしまおうか?)
頭の中でアルファガがそのように悩んでいるなどと、人々ばかりかレベンドラもアネモネも気付いてはいなかった。
レベンドラとしては救助した人々が余すことなく、この素晴らしい主君の民にぜひなって欲しいと願ってはいたが、無理強いは出来ないと一線を引いて考えている。
アネモネは例え彼らが帰郷を望んだとしても、彼ら自身も故郷の人々も、どちらもが不幸な結末を迎えるだけだと達観し、帰郷を望む者が居たら説得して思い留まらせるつもりでいた。
かつてのレベンドラならばアネモネ同様に心情とは別に思考を巡らせ、人々の故郷への帰還がなにも良い結果を生まない可能性が極めて高い事に、この時点で気付いていただろうが、彼女は主君の想像もつかない強大なエーテルを見て、まだ少し浮かれていた。
そしてまた、少女に対する誓いが心の大部分を占めていて、今度こそ真に守りたいと思ったものを、守らなければならないものを守る為に更なる力が必要だと強迫観念にも似た考えに捕らわれていたのも、視野を狭くしていた。
レベンドラが騎士団長時代の冷静さと理性を取り戻して、アルファガに対する妄信と崇拝の念と理想的なバランスを得るには、もう少し時間が掛かりそうだった。




